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我刚刚回来沈阳。丹东很好!大饱眼福!
 
(对不起!今天很累!文章太长,翻译不了)
 
昨日(17日)の朝、起きてみるともう7時、列車は7時50分発。慌てて着替えて、アパートの階段を駆け下りてタクシーを捕まえて瀋陽北駅へ。駅に着くなりタクシーから駆け出し、そのまま改札口までダッシュ、ぎりぎり間に合った。
 
列車の中ではほとんど寝ていた。丹東についてみると12時半、1時間遅れだ。
 
それから、駅ビルの丹鉄大酒店にチェックイン。一泊120元だがたまにはこんな贅沢もいいだろう。
ホテルで少し休憩した後、歩いて鴨緑江へ。
 
まず、「断橋」すなわち朝鮮戦争で破壊された橋を見学。この橋は、朝鮮総督府鉄道局がかけた橋で、開閉式。面白いのは、普通の開閉式橋(跳ね橋)が上下に八の字のように開閉するのに対し、この橋は中央部が水平に旋回して開閉するというユニークな方式であるという点。
 
今でも開閉部の機関部を見学することが出来る。だが、朝鮮戦争で米軍の爆撃を受け、開閉部の北朝鮮側から先は破壊されてしまった。
 
破壊された部分は今でもそのままの状態で、航空爆弾の模型も置かれていた。
 
橋の見学のあとは遊覧船(大型船15元、モーターボート30元)で鴨緑江回遊。まず橋の下を通過、それから北朝鮮側の造船所にかなり近づく。その距離わずか4,50メートル、声をかければ聞こえる距離だ。女性が一人で川岸を歩いていたので、一人の観光客が「おーい」と叫んだが無視されていた。
 
その頃私は「うーん、もし今河に落っこちて北朝鮮側に泳ぎ着いたら絶対スパイ容疑で捕まるなあ」などと考えていた。
(去年だったかおととしだったか、元オウム信者の大阪の女性がここで河に飛び込んで北朝鮮側に「亡命」したが)
 
対岸の北朝鮮側(新義州)は観覧車が見えるがどうも動いていない様子。造船所も赤錆びた船だらけ。倉庫(工場?)の赤字で書かれたスローガンだけが目立つ。一方中国側は豪華なアパートやホテルが林立。
 
北朝鮮は新義州を経済特区として重点開発していると聞くが、どうもあまりうまくいっていないようだ。
 
その後、タクシーで「抗美援朝紀念館」へ行く。閉館間際だったこともあり、見学者は私だけ。
中には朝鮮戦争当時の中国軍の銃器や装備品、国連軍(主に米軍)からの鹵獲品や写真が展示してあった。

説明内容は中国側から見た朝鮮戦争、韓国人やアメリカ人が見たら激怒必至な内容である。
 
展示兵器であるが、銃器は旧日本軍の三八式歩兵銃やソ連のppsh41(以上中国軍が使用)、鹵獲したM1ライフルなどなど。火砲では76ミリ対戦車砲(ラッチュバム)の中国製コピーが見物。米軍戦車をさぞ苦しめたことであろう。その他装備品や軍旗など、当時の文物がたくさん展示してある。
あと、戦場を再現したパノラマも見物(展示方法はどうも旧ソ連の影響が強いように感じた)
 
屋外展示はラッチュ・バムやカチューシャロケット、T34とT34-85、SU100といった地上兵器や対空機関砲、それからMiG15bis戦闘機、Tu-2爆撃機などの航空機などなど。
 
私のような東側兵器マニアにはたまらん内容である。ウラー!
ミリタリーマニアは要チェックだ!
 
4時半ごろに博物館を出て、歩いて駅前にもどり、食事をしてホテルに戻る。
 
 
今日(18日)は東郊外の虎山長城に行く。
だが、途中バスを乗り間違えて、2時間ほど無駄にしてしまい、長城は文字通り駆け足で見学、本当に疲れた。
でも、山頂からの眺めは最高。鴨緑江や九連城が一望できる。
 
山を降りてからバスを待つがなかなか来ない。このままでは列車に間に合わないので、結局、地元の人と交渉、10元で駅まで送ってもらった。タクシーなら最低30元はかかる距離なので助かった。おかげで列車にも間に合った。
地元の人からは車の中でいろんなお話が聞けて、大変面白かった。
 
これも日ごろの行いがいいおかげであろう。
 
14時の列車に乗るが、結局これも40分遅れで6時ごろ瀋陽着。
 
帰りにスーパーで買い物をして7時ごろ帰宅。