LINEで送る
Pocket

太廟(満文:Taimiyoo)

 中国皇帝が皇室の祖先祭祀を行う場所。清朝では盛京(瀋陽)と北京の二か所に設けられている。瀋陽故宮の太廟は乾隆四十六年(1781)に撫近門(大東門)外から大清門東横に移築されたもの。

 現在は非公開。

太廟門

太廟門(2008年9月撮影)

南西側から

南西側から(2008年9月撮影)

太廟門額

門額(2008年9月撮影)
左 満文:taimiyoo duka,, 右 漢文:太廟門

 

 一、太廟について

 太廟とは、中国歴代王朝において皇室の祖先の霊を祭る場所のことで、宗廟とも呼ばれる。古来中国王朝では、宗廟において祖先を祭祀し、社稷壇において社稷(土地神と穀神)を祭ることこそがもっとも重要な勤めとされ、後には宗廟と社稷は国家そのものを意味する言葉ともなった。

 『周礼』考工記では「左祖右社」、すなわち南面する宮殿から向かって左(東)に祖先を祭る宗廟を、右(西)に社稷壇を設けるとされており、歴代の各王朝もこれに従った。

 北京の故宮でも天安門の東に太廟(労働人民文化宮)が、西側に社稷壇(中山公園)が残っている。

 二、盛京の太廟 

 盛京(瀋陽)の太廟は崇徳元年(1636)、女真族の後金国ハン、ホンタイジが国号を「大清」と改め、満洲、モンゴル、漢三民族を支配する皇帝を称した時に造営されたのが始まり。

 当時の太廟は盛京の撫近門(大東門)外五里(約2.88km 清代の一里は約576m)の地点に建立され、太祖ヌルハチとホンタイジの生母モンゴジェジェ(Monggojeje 孟古哲哲、孝慈高皇后)、そしてヌルハチの祖先メンテム(Mentemu 孟特木、肇祖原皇帝)、フマン(Fuman 福満、興祖直皇帝)、祖父ギオチャンガ(Giocangga 覚昌安、景祖翼皇帝)と父タクシ(Taksi 塔克世、顕祖宣皇帝)の神位(位牌)が祭られており、清明節などの祭日にはホンタイジ自らが祭祀を行った。

 だが、清朝の北京遷都後の順治五年(1648)、これらの位牌は北京の太廟へと移され、以後盛京の太廟は空き家となった。

 一方、現在太廟が建っている大清門東横には元々明代から続く「三官廟(景佑宮)」と呼ばれる道観があり、ヌルハチやホンタイジによる宮殿造営後も撤去されることなく大清門横に立っており、歴代皇帝による尊崇を受けていた。

 崇徳五年(1641)に松山・錦州の戦いで、松山を守っていた薊遼総督洪承疇が清に投降した際に、しばらくの間この三官廟に抑留されている。

 康熙八年(1669)頃に描かれた盛京(瀋陽)の地図『盛京城闕圖』でも大清門の横に廟が描かれている。

 乾隆四十三年(1778)の第三次東巡(東北行幸)の際、乾隆帝は盛京の太廟と社稷壇を復興させることとし、前述の「左祖右社」の原則に従い、宮殿の正門たる大清門東側の三官廟の位置に太廟を移築することを決定、乾隆四十六年(1781)に竣工している。

 これに伴い元の三官廟は徳盛門(大南門)内に移転している。

 乾隆四十八年(1783)、太祖ヌルハチから世宗雍正帝までの五代の皇帝と皇后計十六人の玉宝(皇帝、皇后の諡号を刻んだ玉璽)と玉冊(玉の板に諡号を奉る文を刻んだもの)が北京から移送され、北京の太廟に祭られている歴代皇帝、皇后の神位の代わりを務めさせることとなった。

 これにより、盛京の太廟でも礼制に従った祖先祭祀が復興し、以後も皇帝の代替わりごとに玉宝と玉冊が盛京の太廟へと送られた。

 管理人が96年に瀋陽故宮を訪れた際には、太廟内部も見学可能で、正殿に太祖ヌルハチと皇后、建国の功臣フィオンドン(Fiongdon、費英東)、エイドゥ(Eidu、額亦都)の神位が祭られ、清代の様子が再現されていた。

 羅麗欣 文 佟福貴 図『瀋陽故宮』によると、内部は現在でもヌルハチと皇后、功臣や祖先たちの神位が祭られているようだ。

 

 三、太廟の構成と建築様式 

 太廟は、大清門横に建てられ、他の建築群とは塀によって隔離されている。
 内部は、正面の正殿、東側の東配殿、西側の西配殿と、南正面の門によって構成されている。

太廟の構成 

Google Earth衛星写真(2008年9月13日アクセス)

 建築様式で特徴的なのは、屋根瓦がすべて黄色だという点で、瀋陽故宮の他の宮殿建築の屋根が黄色の瑠璃瓦の外側に緑の瓦の縁取りを配しているのとは大きく異なる。
 これは、皇帝の祖先を祭る太廟が宮殿の中でも最も高い、特別な地位にあることを表したものである。

  

参考文献・ウェブサイト(順不同)

(参考文献)
佟悦編著『瀋陽故宮』清文化叢書、一宮三陵系列、瀋陽出版社、2004年
羅麗欣:文・佟福貴:図『瀋陽故宮』遼寧世界遺産画廊、瀋陽出版社、2005

(ウェブサイト)

中央研究院漢籍電子文献(2008年9月13日アクセス)http://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3

『周禮』考工記 該当部分(2008年9月13日アクセス) 

http://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3?ukey=-61456353&path=/1.4.42.11.8.1