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色んな国が倒せない (イタリア)

   

元ネタは、「エアーマンが倒せない」という歌らしい。

エアーマンが倒せない Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%8C%E5%80%92%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84

 

 

面白い!

そこで、明末バージョンの替え歌を作ってみた。

歌詞を面白くするために、誇張や過激な表現を使用していますが、いかなる民族、政権を貶める意図もありません。

 

色んな国が倒せない 明末バージョン

 

気がついたら まわりは戦乱ばかり

北虜南倭 そして防戦する

あきらめずに 戚家軍を強化するけど

すぐに味方は敗走~

戚継光がいれば 楽に倭寇にも勝てるけれど

何回やっても 何回やっても アルタン=ハーン倒せないよ

あの弓矢は何回やってもよけれない 

火砲と数に物言わせても 歩兵真っ先に逃げてく

万里の長城試してみたけど 壁だけじゃ意味がない

だからここは北京を守るため 朕はお金だけは速攻でまいておく~

 

気がついたら 女真が拡大してる

そして朕も すぐ討伐する

あきらめずに 遼東辺境までたどりつくけれど 

すぐに味方は開城~

袁崇煥がいれば 楽にヌルハチにも勝てるけれど

何回やっても 何回やっても 李自成さえ倒せないよ

洪承畴に攻められ降伏間近だったのに 

反撃食らって逆にこっちが 福王食べられる始末

紅夷砲も試してみたけど ホンタイジにはかなわない

だから次は絶対勝つために 朕はチャハル部だけは友達になっておく~

 

強い軍隊があれば 大明帝国復興できるけど

何回やっても 何回やっても 八旗兵が倒せないよ

10数万が たった6万に潰走*

あげくの果てに李自成軍を 見かけただけで逃げてく

ドルゴン軍が本当に入関 がんばってるのは史可法

そして明を復興するために 台湾島だけは絶対に取っておく~

(倒せないよ……)

 

*サルフの戦いの明と後金(清)の総兵力。後金の兵力はもっと少なかった可能性もある。

 

明朝と第二次大戦時のイタリア軍の弱体ぶりはけっこうイメージがかぶりますね。

そして、原因も案外共通してます。

 

1.軍隊組織が縦割り

各部隊間の横の連携が悪く、圧倒的な数を持ちながら敵の各個撃破を許す。

ひどい場合には、隣の部隊と相互支援しあうにもいちいち中央政府や司令部を通じてお伺いをたてなければならない。

明代のモンゴル、遼東戦線、第二次大戦時のイタリアの地中海、アフリカ戦線など。

2.中央中心の硬直的な指揮命令系統

現場を知らない中央の勝手気ままな命令に振り回され、無駄な損害を出す。

3.補給・後方支援システムの破綻

武器、鎧すら全員に行きわたらず、兵糧や給与のピンはねが横行する明末の遼東軍。

武器、軍服すら全員に行きわたらず、物資、水、食糧、武器弾薬が十分供給されないイタリア軍(日本軍にとってのソロモン、ガダルカナルに近い状態だった)。

部隊の定員割れは当たり前

4.度重なる戦争による国力消耗

5.個人主義的な民族性

中国人(漢族)って、案外ラテン系な気が・・・・・・ あまり重要ではないかも

 

ざっと思いつく限りではこんなところでしょうか。

 

ただ、フォローしておくと、明でもイタリアでも、少数精鋭部隊やある程度自由裁量を任された有能な将軍がしばしば大戦果をあげてます。個人主義がいい方向に働いたということですかね。

しかし両国とも軍隊、ひいては国家自体が縦割り組織で硬直しきっていたために、彼らの個人プレーをチームプレーとしてまとめあげることができなかったというところでしょうか

こんな体たらくでは、勇敢に戦えという方が無理ですな。

 歴代中国王朝や第二次大戦のイタリア軍の「弱兵」ぶりは、しばしば歴史マニアに取り上げられますが、ややもすれば、「弱兵」の原因を両国の国民性や国民統合の遅さにのみ求めがちです。だが、実際のところ、こういう現象はどの時代のどの民族のどの組織にも見られる病、いわば永遠の課題というべきで、「国民性」という言葉のみで説明するのは、問題を矮小化してしまうことになるでしょう。

 

明末とWW2のイタリアの「ヘタレ」ぶりについて、つらつらと考えるうちに、こんな愚にもつかないことを書き連ねてしまいました。