LINEで送る
Pocket

村上信明『清朝の古旗人――その実像と帝国統治における役割』ブックレット《アジアを学ぼう》4、風響社、2007年
 

 

目次

はじめに
 1 清朝史への関心の高まり
 2 帝国統合の中核組織―八旗
 3 古旗人は「満洲」か、「モンゴル」か?

① 清朝の帝国統治における古旗人の役割
 1 清朝に帰順したモンゴル人と古旗人
 2 清朝の藩部統治と古旗人

② 古旗人のモンゴル語能力と清朝の言語政策
 1 順治・康煕年間の古旗人に対する言語政策
 2 古旗人のモンゴル語喪失問題
 3 古旗人の昇進ルート
 4 乾隆帝のモンゴル語政策

③ 古旗人とチベット仏教
 1 清朝とチベット仏教
 2 『百二老人語録』にみる松筠の自己認識
 3 モンゴル・チベット統治に従事した古旗人のモンゴルアイデンティティ

④ 清朝の帝国統治構造と八旗の多様性

結びに代えて

注・参考文献

あとがき

 よく知られるように、八旗は満洲・古・漢軍の三つの集団により構成されていた。だが、モンゴルをルーツとする八旗古と古旗人を独自に扱った研究は他の二集団に比べ非常に少ない。なぜなら、本書の冒頭で問題提起されているように、これまでモンゴル人が八旗に編入され「古旗人」となった後は満洲人と同じ扱いを受け、言語や生活習慣でも「満洲化」したとみなされてきたからである。

 本書はこの古旗人を専門に取り上げたもので、著者の村上信明氏は古旗人の帝国統治における独特な役割、その背景にある清朝の政策、そしてモンゴル語やチベット仏教信仰に代表される古旗人のモンゴルアイデンティティについて豊富な実例を挙げることにより、八旗制度と清朝の帝国統治における古旗人の独自な位置づけを試みている。

 著者は、まず「はじめに」で、清帝国全土で官僚となることができたのは旗人だけであり、漢人科挙官僚は中国内地の統治のみを担当し、モンゴル王公たちも中国内地の統治に携わることはなかったこと、そして八旗は旗人官僚を輩出することによって帝国統合の中核となっていたことを指摘している。

 「①清朝の帝国統治における古旗人の役割」では、まずモンゴル人の八旗編入と八旗古の成立について概略を述べ、次いで古旗人用の任官ポスト(古缺)数・任官者数のデータにより、古旗人が理藩院の官僚や藩部のさまざまな官職で重用され、モンゴル語能力を生かして藩部(モンゴル・チベット)統治の実務の担い手となっていたことを明らかにしている。

 「②古旗人のモンゴル語能力と清朝の言語政策」では、古旗人のモンゴル語能力の低下と、それに対する清朝側の政策として古旗人へのモンゴル語学習の訓示、八旗官学でのモンゴル語教育、ならびに「古翻訳科挙」と呼ばれる古旗人に対するモンゴル語翻訳者採用試験を取り上げ、雍正帝・乾隆帝が前述の理藩院・藩部の人材源として、古旗人のモンゴル語能力維持に力を入れていたことを明らかにしている。ただ、これらの政策をもってしても、古旗人のモンゴル語能力の低下には結局歯止めがかからなかったようだ。

 「③古旗人とチベット仏教」では、18世紀末期から19世紀初頭にかけ中央と藩部の要職を歴任した古旗人松筠(スンユン)の著作『百二老人語録』と、モンゴル・チベット統治に従事した古旗人三名の満文奏摺を取り上げ、古旗人は八旗に編入されたのちもチベット仏教信仰を失わず、それが彼らのモンゴルアイデンティティを支えていたこと、そして清朝側もまた古旗人に対してモンゴル人・チベット仏教徒として行動することにより、モンゴル・チベット統治を適切かつ円滑に進めることを期待していたことを明らかにしている。

 「④清朝の帝国統治構造と八旗の多様性」で、まず著者はこれまでの内容を総括し、古旗人は清朝支配者層である「旗人」としての身分や言語(満洲語・漢語)・習慣とともに被支配者であるモンゴル人・チベット人と共通の言語・習慣を兼ね備え、モンゴル・チベット統治事務を適切かつ円滑に処理すべき存在と位置づけられていたとし、そして八旗のこのような民族的多様性が多様な民族集団によって構成される清朝の統治にとって重要な意味を持っていたことを指摘している。

 次に古旗人のこのような特色は清朝初期の中国内地統治の担い手となった漢軍旗人とも共通していることを指摘したうえで、満洲旗人の漢語習得・漢文化吸収が進み、漢人科挙官僚へも清朝皇帝の権威が浸透していくにつれ、中国内地統治における漢軍旗人の存在意義が低下していったのに対し、古旗人は時代が下るにつれ藩部(モンゴル・チベット)統治の担い手としてクローズアップされ、「満洲化」・「漢化」が進むほどに「モンゴル」らしくあることを求められたとしている。

「結びに代えて」では、今後の研究課題を以下の三点にまとめている。

一 古旗人と侍衛制度の関係

二 モンゴル・チベット統治に従事した古旗人の動きと清朝による帝国統治の具体的展開への影響

三 十九世紀以降の古旗人の具体像

 著者は、古旗人への理解を深めることは、満洲・漢軍旗人を含めた八旗全体、また八旗を中核とした清朝の帝国統治に関する研究の進展にも結びつく重要な作業であるとし、蒙古旗人への関心を呼び掛けつつ、本文を結んでいる。

・・・・・・

 非常に面白く読めた。たった57ページのブックレットなのに、中身は非常に濃い。村上氏の一連の古旗人研究がこの一冊に濃縮されているし、その他にも最新の研究成果や観点が随所に盛り込まれ、読んでいて大いに啓発された。

 また、「②古旗人のモンゴル語能力と清朝の言語政策」で取り上げられている古旗人のモンゴル語に関する諸問題や「①清朝の帝国統治における古旗人の役割」、「④清朝の帝国統治構造と八旗の多様性」で指摘されている古旗人の役割と八旗制度における位置づけは、当ブログで取り上げている俄羅斯旗人との共通点が多く、非常に興味深かった。

 八旗は清朝と満洲族にただ軍事的に貢献したのみならず、そこから多くの忠実な旗人官僚を輩出することにより、満洲族支配階層とモンゴル人社会・漢人社会・チベット人社会との間の媒介者としての役割を担い、大清帝国を円滑に統治する上で欠かせない役割を担っていたということだろう。

 

追記:記事冒頭にアマゾンの商品リンクを貼りました。
(2015.1.16)