徳之島を思う 親父の島

「琉球侵攻」400年 徳之島でシンポ 朝日新聞電子版(鹿児島版) 2009年05月03日

http://mytown.asahi.com/kagoshima/news.php?k_id=47000000905020003

薩摩侵略から400年 「奄美」再考各地で 朝日新聞電子版 2009年4月25日

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200904250079.html

 

今日、朝日新聞の電子版でこんな記事を見た。

薩摩が徳之島を攻めてから、もう400年になるんやなあ。

それから島津さん、本当にありがとうございます。私も拍手を送りたいと思います。殿様はさすがに違います。

シンポジウムの冒頭、薩摩藩主だった島津家の第32代当主、島津修久さんがあいさつ。茶道を通して沖縄や奄美と交流し過去の克服に努力していることにふれ、「今後も奄美の優れた文化の継承に尽くしたい」と述べると、会場から拍手がわき起こった。

(「琉球侵攻」400年 徳之島でシンポ から一部引用:朝日新聞電子版(鹿児島版) 2009年05月03日)

実は私の父も徳之島出身で、島の話をいろいろ聞かされて育ちました。闘牛のビデオも小さい頃よく見てましたし、成長してからは時たま親父といっしょに黒糖焼酎をちびりちびりやってました。

大連では手に入らないのが残念です。

(沖縄料理屋が一軒あるからそこにいけばあるのかな?)

 

 

そして母は広島の人。

いうなれば私は「奄美系広島系大阪系日本人」です。

私の中にはこの四つのアイデンティティが矛盾なく共存しています。そして自分自身そのことをこの上なく誇りに感じています。

 

 

ちょうど、モンゴル人であり、満洲知識人でもあり、チベット仏教徒でもあり、しかも漢族の儒教文化を愛した清代の政治家・学者のスンユン(松筠)のようなものでしょうかねwww(かなり違)

(スンユン様ごめんなさい!)

実は満洲族やシベ族に関心を持った理由のひとつが、私自身のこういう出自なんですよ。

 

あと、二つ目の記事にもありますが、奄美は鹿児島と沖縄の間に埋没しがち。

私は大連にいて、ただ声援を送ることしかできないが、がんばってほしい。

一徳之島人・奄美人として、健闘を祈る!

 

 

今度日本に帰ったらまた親父と黒糖焼酎飲みたい。