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現在、中国では、いろいろな少数民族文化が流行しています。

 

まず、ここ数年来の健康ブームに乗って少数民族地域の「秘薬」、「モンゴル薬」、「チベット薬」が非常に流行してまして、薬局や化粧品売り場でもチベットやら雲南やらの薬草やらパックやらをよく見かけるようになりました。効果の程は不明ですが、嫁さんの肌はいくぶんきれいになったような気もします(苦笑)。

 

次に、最近は少数民族系の歌手や少数民族音楽を取り入れた歌謡曲も大流行していまして、チベット系やモンゴル系の歌手がよく歌番組に登場するようになりました。これらはちょうど日本における沖縄出身アーティスト、沖縄音楽に似た位置にあるように感じます。

また、少数民族特に、モンゴル人や満洲人(清朝)の歴史もここ数年来よく時代劇や歴史番組に取り上げられるようになりました。本屋に行けば、清朝史の本が文字通り山積みされています。歴史ロマンといった感じでしょうか。

ウイグルや内モンゴル、東北やチベット、雲南では、少数民族文化を観光資源とした観光開発も進み、多くの観光客を呼び寄せています。

 

このような少数民族文化の大流行は、厳しい現代生活に疲れ果てた中国人(主に漢族)が「癒し」や「ロマン」を求めて少数民族文化に惹かれていることによるものでしょう。

ただ、こうした少数民族文化はあくまで中国人、特に多数派である漢族の「癒し」や「ロマン」へのニーズに応じて製造、販売、消費されている「商品」といった面が強く、「癒し」や「ロマン」以外の現実的な少数民族文化、そして現在少数民族が抱えている問題については一般マスメディアにはほとんど紹介されていないのが現状です。

せいぜい、「共産党のすばらしい政策によって、少数民族人民は幸せに暮らしている」といったニュースが流されるのが関の山です。

したがって、少数民族文化の流行により、中国人・漢族一般大衆の少数民族への理解が深まったかといえば、答はまだまだNoだと言わざるを得ません。

繰り返しになりますが、あくまで消費者としての漢族のニーズに応えるための少数民族文化なのです。「癒し」や「ロマン」からさらに一歩踏み込んだ紹介は未だ発展途上といったところで、一般大衆、漢族の少数民族観は依然として、「田舎者」、「見識が狭い」といったものが主流です。

 

ところで、興味深いことに、最近の少数民族の間ではこうした「商品化」された「癒し」と「ロマン」の少数民族文化をむしろ積極的に逆用することにより、内に対しては民族意識を高め、外に対しては漢族に対して自らの権利やアイデンティティを主張していく動きもあります。

彼ら少数民族は内に向かっては、政府によって承認され、マスコミや企業によって中国全土に広められつつある少数民族史、音楽、芸術を、漢族とは違う「自分たちの民族」という共同体を想像(創造)する足掛かりとし、民族意識を高めつつあります。

そして、外に向かっては、健康、美容や観光地、出版、芸能(歌手、俳優、ドラマ)といったさまざまな場で、漢族の求める「癒し」という商品を提供することにより、それを足掛かりとして自らの文化への偏見を正し、権利やアイデンティティを承認させようとしているのです。

 

その最もよい例が、満洲族の現状です。
政府が承認し、マスコミや企業が煽った時代劇ブーム、歴史ブームによって一気に脚光を浴びることとなった清朝史は、今や「満族文化」・「満族の歴史」として、満洲族のアイデンティティ想像(創造)、そして漢族に対する権利主張の足掛かりとなっているのです。
「国家公認」の足掛かりを得た満洲族はインターネットを利用し、ホームページ、ブログ、メーリングリスト、BBSといった場で民族の復興に向け日夜熱い議論を戦わせています。

そして、時代劇ブームや歴史ブームによって普及した歴史知識と民族的な言説を利用し、言語復興運動、文化復興運動や中国東北部での観光開発といった場で、内に対しては自民族の統合と文化復興を図り、外に対しては清朝の「偉大な歴史」をアピールすることによって、民族的アイデンティティと権利を主張し、漢族中心の社会への異議申し立てを行っているのです。
(これらの現状は、劉正愛『民族生成の歴史人類学―満洲・旗人・満族―』に詳しい)

こうした方法はウイグルやチベット、モンゴルといった他の少数民族にもおおむね共通しているようです。

これは少数民族自身にとって、政府の意向に反せず、マスコミや企業を敵に回さず、かつ漢族の民族意識をあまり刺激せずにすむ無難かつ安全な方法です。なぜなら、彼らの用いる言説はそもそも国家・政府、マスコミ、企業、そして漢族自身が承認し、中国全土に普及させた「商品」なのですから。

言論や結社の自由が保障されていない中国では、これこそが民族の権利やアイデンティティを合法的に主張する唯一の方法なのです。
少数民族は漢族が作り出した「商品」としての少数民族文化を逆用することで、漢族にカウンターパンチを浴びせているのです。これは、少数民族とその文化を商品として売り出した政府、マスコミや、企業としては全く思いもよらなかったことでしょう。

民族とは「想像の共同体」であると喝破したのはベネディクト・アンダーソンでしたが、20世紀中国の政治の荒波の中で自らの歴史や文化、さらには言語を失い、共同体を維持することが困難となっていた少数民族は、ここにおいてようやく「想像」への足掛かりを得たのです。

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参考文献

ベネディクト・アンダーソン著 白石隆・白石さや訳『定本・想像の共同体』社会科学の冒険Ⅱ 4 書籍工房早山 2007

劉正愛『民族生成の歴史人類学―満洲・旗人・満族―』風響社 2006年3月