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満洲語&清朝史普及計画

 清の太祖ヌルハチの一代記『満洲実録』から、挿絵を抜き出してアップロード。
 画像は以下の文献・CD-ROMからの引用です。
 『清実録』中華書局 1985~87年→『清実録』超星数字図書館CD-ROM(中華書局版を画像データ化) 

・・・・・・
 

 冒頭はアイシン=ギョロ(愛新覚羅)氏と満洲族の始祖神話が記録されている。
 なお、この始祖神話の成立過程については、以下のような論考がある。
 

 松村潤「清朝の開国説話について」『山本博士還暦記念東洋史論叢』山川出版社、1972年

 
 また去年、ブログの記事で少し触れたように、この神話は後金時代の史料では細部が異なっている。第一に三仙女の故事の場所が「長白山」と明記されておらず、第二に『満洲実録』では単に「人々」、「国」またはマンジュ Manju (満洲)となっている箇所が、ジュシェン Jušen(女真)となっていること、第三にヌルハチを金朝のワンヤン(完顔)氏と結び付けるなど、全体として女真族意識が強調されたものとなっている。
 
 詳しくはこちらの記事:捨て去られた神話 および以下の著作をお読み下さい。
 石橋崇雄『大清帝国』講談社選書メチエ174、講談社、2000年
 石橋崇雄「無圏点満洲文檔案『先ゲンギェン=ハン賢行典礼・全十七条』」『国士館史学』8号、2000年

 神田信夫「満洲(Manju)国号考」『山本博士還暦記念東洋史論叢』山川出版社 1972 → 神田信夫『清朝史論考』山川出版社、2005年

 

 
 
◯凡例 
 

 満洲語のローマ字化方式はメーレンドルフ式に従う。日本語訳は今西春秋訳『満和和対訳満洲実録』(刀水書房、1992年 以下「今西訳」という)を参考としつつ、管理人自身が翻訳する。

 モンゴル語については、管理人がモンゴル語を未習得であるため、暫時割愛する。

 満洲語固有名詞は、原文のローマ字化の際にはすべて小文字のままとする(満洲語には大文字・小文字の区別がないため)。ただし、日本語の説明文内に固有名詞を引用する場合は固有名詞であることを明示するため、最初の文字を大文字表記する。

 満洲語原文の区切り点及び二重区切り点は、それぞれ「,」及び「,,」で示す。

 漢文は、原文・読み下しともに正字を使用。漢文読み下しの仮名づかいは現代仮名づかいとする。

 本文中、挿絵の左側の縦長の枠に囲まれた部分は、訳文では[ ]で表示する。縦長の枠は上から満洲語・漢語・モンゴル語である。モンゴル部分は暫時空欄とする。翻訳では下記のように表記する。

・左枠
[満:満洲語ローマ字(満洲語日本語訳)]
[漢:漢語(読み下し)]
:        ]

挿絵内の説明は以下のように表記する。

・挿絵
 満:ローマ字化(日本語訳)
 漢:漢語(読み下し)
  蒙

例)

  abkai ilan sargan jui bulhūri omo de ebišehe,

・左枠

[満:abkai ilan sargan jui bulhūri omo de ebišehe,(天の三人の女子がブルフリの池で水浴びした)]
[漢:三仙女浴布勒瑚里泊(三仙女は布勒瑚里泊に浴(ゆあ)みす)]
:        ]

・挿絵
 (左)満:jenggulen  (ジェングレン)
 (中)満:enggulen  (エングレン) 
 (右)満:fekulen  (フェクレン)  
 
 

 絵の説明のほかに、『満洲実録』の内容の概略と解説を付け加える。

 挿絵画像で皇帝の諱が隠されている部分は、今西訳(盛京閣蔵本に基づく)を参照して補い、該当箇所を下線で表記する。

 

……………………………………………………

『満洲実録』
第一巻 

manju i yargiyan kooli,ujui debtelin,

・枠内
[満:manju i yargiyan kooli,ujui debtelin,(満洲の実録、一の巻)]
[漢:滿洲實錄 卷一]
:        ]
 
 
 
 
 

golmin šanggiyan alin, 

・左枠
[満:golmin šanggiyan alin,(長白山) ]
[漢:長白山]
:        ]
 
・挿絵
 (左上)満:yalu giyang(鴨緑江)
     漢:鴨緑江發源於山南(鴨緑江は源を山の南より発す)
               
 
 (左下)満:amba turkū(大瀑布)
 
 (中央)満:tamun i omo(闥門の池)
     漢:闥門
 
 (右上)満:hūntong giyang , alin i amargi tucikebi(混同江は山の北に発する) 
                漢:混同江發源於山北(混同江は源を山の北に発す)
 
   (右下)満:aihu bira(アイフ川)
                漢: 愛滹
     
 
 

  abkai ilan sargan jui bulhūri omo de ebišehe,

・左枠

[満:abkai ilan sargan jui bulhūri omo de ebišehe,(天の三人の女子がブルフリの池で水浴びした)]
[漢:三仙女浴布勒瑚里泊(三仙女は布勒瑚里泊に浴(ゆあ)みす)]
:        ]

・挿絵
 (左)満:jenggulen (ジェングレン)
 (中)満:enggulen (エングレン) 
 (右)満:fekulen  (フェクレン)  
 
 仙女(天女)三姉妹が長白山の布勒瑚里(ブルフリ)の池で水浴び。
 神のカササギ(神鵲)が衣をくわえている。カササギが衣に置いた赤い実を口にした末の妹フェクレン Fekulen(佛庫倫)が身ごもる。
 

fekulen beye de ofi juwe eyun ci tutaha,fekulen jui de tacibufi abkai de wesike,

 
・左頁左枠
[満:fekulen beye de ofi juwe eyun ci tutaha,(フェクレンは身ごもったので二人の姉により残された) ]
[漢:佛庫倫成孕未得同昇(佛庫倫は孕(よう)を成し未だ同(とも)に昇るを得ず)]
:        ]

 

・右頁左枠
[満:fekulen jui de tacibufi abkai de wesike,(フェクレンは息子を教えさとし天に昇った) ]
[漢:佛庫倫臨昇嘱子(佛庫倫は昇るに臨み子に嘱(いいつけ)る)]
:        ]
 
・右頁挿絵
 (右下)満:bukuri yongšon(ブクリ=ヨンション)

 

 フェクレンは身ごもってしまったために昇天できず、地上にとどまり、息子ブクリヨンション Bukuri Yongšon(布庫哩雍順)を生む。フェクレンは息子に「息子よ、天があなたを、乱れた国を治めて生きるようにと生まれさせたのです。あなたは行って乱れた国を治め定めて生きなさい」と諭し、小船を与えて「この河を下っていきなさい」と言って、天に昇っていった。

ilan halai niyalma bukuri yongšon be ejen obuha,enduri saksaha fanca be guwebuhe,

・左頁左枠
[満:ilan halai niyalma bukuri yongšon be ejen obuha,(三つの姓の人がブクリ=ヨンションをエジェン(主)とした)
[漢:三姓奉雍順為主(三姓は雍順を奉じて主と為す)]
:        ]
 
・左頁挿絵
 (左)満:bukuri yongšon (ブクリ=ヨンション) 
 
 (右)満:odoli hecen(オドリ城)
    漢:鄂多理城
       蒙
 
 

・右頁左枠
[満:enduri saksaha fanca be guwebuhe,(神のカササギがファンチャを逃がした)]
[漢:神鵲救樊察(神鵲樊察を救う)]
:        ]
 
・右頁挿絵
 満:fanca(ファンチャ)
 漢:樊察
 

 ブクリ=ヨンションは母に教えられた通り河を下っていた。当時、三つの姓(ilan hala)の者たちが国のエジェン ejen (主)の座をめぐり互いに争っていたが、ある者が河を下ってきたブクリヨンションを見つけ、一目見て不思議な雰囲気を持った天命の子だと悟り、皆に告げ知らせた。
 
 ブクリヨンションは、自分は乱れた国を治める天命を受け、天の神が自らの体を赤い実に変え、神のカササギが赤い実を水浴びをしている仙女の衣に置き、それを口にしたフェクレンが自分を生んだことを語り、アイシンギョロブクリヨンション Aisin Gioro Bukuri Yongšon (愛新覚羅布庫哩雍順)と名乗った。
 三つの姓の者たちは争うのをやめ、ブクリ=ヨンションを国のエジェンに推戴し、ベリゲゲ Beri gege (百里格格)という娘を妻として与えた。
 ブクリヨンションはオモホイ Omohoi(鄂謨輝の野のオドリ城 Odoli hecen(鄂多理城)に住み、騒乱を鎮め、国号をマンジュ Manju (満洲)とした。
 
 これがアイシンギョロ Aisin Gioro(愛新覚羅)氏の始祖である。
 
 だがブクリヨンションの子孫は民を虐げたため、反乱が起こり、一族はほとんどが殺された。そして、ただ一人ファンチャ Fanca(樊察)というものだけが逃れることができた。追っ手がファンチャを追いかけたが、そのとき神のカササギがファンチャの頭の上に止まった。追っ手はファンチャを枯れ木と考えて追うのをやめたので、ファンチャはようやく生き延びることができた。
 
(つづく)

 

・・・・・・
史料・参考文献
史料
『満洲実録』(『清実録』中華書局、1985~87年→『清実録』超星数字図書館CD-ROM(中華書局版を画像データ化))
今西春秋訳『満和和対訳満洲実録』刀水書房、1992年

参考文献
(中国語)
閻崇年『努爾哈赤伝』北京出版社、1983年
(日本語)
石橋崇雄『大清帝国』講談社選書メチエ174、講談社、2000年 
石橋崇雄「無圏点満洲文檔案『先ゲンギェン=ハン賢行典礼・全十七条』」『国士館史学』8号、2000年

河内良弘『明代女真史の研究』東洋史研究叢刊四十六、同朋舎出版、1992年

神田信夫「満洲(Manju)国号考」『山本博士還暦記念東洋史論叢』山川出版社、1972年 → 神田信夫『清朝史論考』山川出版社、2005年

松浦茂『清の太祖 ヌルハチ』中国歴史人物選、第十一巻、白帝社、1995年
松村潤「清朝の開国説話について」『山本博士還暦記念東洋史論叢』山川出版社、1972年
三田村泰助『清朝前史の研究』東洋史研究叢刊十四、東洋史研究会、1965年