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さて、この間ロシア関係のことを調べたついでに、満洲旗人トゥリシェン Tulišen(図理琛)のロシア旅行記『異域録』を読んだ。

トゥリシェンは康熙五十一年(1712)ヴォルガ河流域で遊牧するトルグート部(現在のカルムイク共和国)への使節団に参加。当時は最短ルートである天山北路(ジュンガリア・現新疆ウイグル自治区北部)が清と敵対するジューンガル部に領有されていたため、迂回ルートのシベリアを経由して、五十三年(1714)にトルグート部のアユキ=ハーンと会見し、五十四年に北京に帰還している。彼は通過したシベリア各地の地理・風俗・政治等につき満洲語・漢語による詳細な報告を行い、雍正元年(1723)に『異域録』として出版、18世紀シベリアの貴重な記録となっている。

そこで面白い記述を発見。場所はエニセイスク。以下は満文本からの日本語訳。 

北方のこの地ははなはだ寒冷である。地中を動き回る獣がいる。それは陽の気にあたるとたちまち死んでしまう。体は大きくて一万斤以上もあろう。骨は白くてすべすべし、柔らかで象牙に似ている。あまり折れも傷つきもしないで、いつも河岸の土中から発見される。ロシア人はこの骨を手に入れると、碗、皿、くしなどを作って使っている。肉の性質は寒で、これを食べると、高熱や内臓が焼けついて苦しいのを抑えることができる。『大蔵経』には、この動物の名をマムントワと記し、漢名は「磎鼠(けいそ)」という。

( )内管理人ルビ

(『異域録』上巻 エニセイスク町 『異域録―清朝使節のロシア旅行報告―』pp57~58)

 

マムントワはロシア語でマンモスを意味するマモント Мамонт。当時のシベリアではマンモスは太古の生物ではなく、地底で生活する巨大な動物で、地上に出ると死ぬと信じられていた。これはシベリアで時折発見されるマンモスの化石や生前の姿を保ったままの氷漬けマンモスを見た現地人が、マンモスを地中に生きる現生動物と信じたことによるものらしい。マンモス・マモントという名称もシベリア諸民族の言葉mamut(地下に生活する者)が語源。

なお、乾隆『大清一統志』巻四百二十三俄羅斯(ロシア)の条でも、シベリアのヤクートに生息する現生動物として「麻門橐漥(マモントワ)」が紹介されている。内容は『異域録』の引用箇所とほぼ同じ。

 

「骨は白くてすべすべし、柔らかで象牙に似ている。……ロシア人はこの骨を手に入れると、碗、皿、くしなどを作って使っている」とあるが、シベリアでは実際にマンモスの化石が工芸品の製造に用いられ、最近では象牙の代用品として輸出もされているという。「いつも河岸の土中から発見される」についても、マンモスの化石は実際に河岸で発見されることが多い。

 

さて、気になる記述がこれ

「肉の性質は寒で、これを食べると、高熱や内臓が焼けついて苦しいのを抑えることができる」

 

おお、当時のシベリア人とトゥリシェンはマンモスの肉を食べたのか?『はじめ人間ギャートルズ』!と思って、訳本の注を見てみると 

マムントワ 言うまでもなくマンモスのことである。〔シベリア諸民族の言葉mamut(地下に生活する者)が語源。ロシア語はmamontで、「マムントワ」とはそれによったもの。トゥリシェンは『大蔵経』に見えると言うが、『大蔵経』にはない。「磎鼠」は『神異経』の中に見え、「肉の性質は……できる」までは、その記事に従ったものである。関徳棟「略論図理琛『異域録』満文本対漢文本脱錯的訂補及其他」(『文物資料叢刊』五、一九八一)参照。〕

とある。『神異経』の該当箇所に当たってみると、

北方層冰萬里,厚百丈,有磎鼠在冰下、土中焉。形如鼠,食草木。肉重千斤,可以作脯,食之已熱。其毛八尺,可以為褥,臥之卻寒。其皮可以蒙鼓,聞千里。其毛可以來鼠,此尾所在鼠聚。

 

北方は氷の層が万里にわたって続き、厚さは百丈にもなる。磎鼠というものがいて、氷の下や地中に住んでいる。その形はネズミのようで、草や木を食べる。肉の重さは千斤にもなり、乾し肉とすることができ、これを食べれば体の熱を下げることができる。その体毛は八尺で、布団にすることができ、この上で寝れば寒さを防ぐことが出来る。その皮を太鼓に張れば、音色は千里のかなたまで聞こえる。その毛はネズミを招き寄せることができ、この尾の在る所にネズミが集まる。

とあり、トゥリシェンはシベリアでマンモスの話を聞き、『神異経』の記述にある「磎鼠」とみなし、肉に関する記述をそのまま引き写したらしい。なお、『神異経』の「磎鼠」については、実際にシベリアのマンモスの化石や氷漬けマンモスの話が中国に伝わったものとする見方がある(南方熊楠「マンモスに関する旧説」)。

したがって、『異域録』の記述からだけではトゥリシェンやシベリア人がマンモス肉を食べたかについてはよくわからないが、可能性はあるかもしれない。

氷漬けマンモスの場合腐敗はしていないだろうから、『神異経』の通りに乾肉にして食べたら問題ないかもしれない(?!)

 

と書いて記事をアップしようと思ったら、まさかこんなものが発売されてるとは!最近日本を開けてたんで知りませんでした。

東ハト「マンモスの肉!?・シベリアの塩味」・「マンモスの肉!?・焼肉のタレ味」

http://tohato.jp/news/news.php?data_number=536

 

東ハトのスナックにも「肉の性質は寒で、これを食べると、高熱や内臓が焼けついて苦しいのを抑えることができる」効果や熱を下げる効果があるんでしょうか?

……

参考文献・サイト

『異域録―清朝使節のロシア旅行報告―』トゥリシェン 今西春秋訳注 羽田明編訳 平凡社東洋文庫445 平凡社 1985

『神異経』(四庫全書本)『欽定四庫全書』上海古籍出版社 1987

『大清一統志』(四庫全書本)『欽定四庫全書』上海古籍出版社 1987

南方熊楠「マンモスに関する旧説」(電子テキスト:鬼火/やぶちゃんの電子テクスト:小説・評論・随筆篇 http://homepage2.nifty.com/onibi/man.html 2009.10.15アクセス)(底本「南方熊楠選集 第五巻 続々南方随筆」平凡社 1985)