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 12日、シベ族の伝統的なサマン神歌(シャーマンが神聖な歌を歌い上げながら踊る)の公演を観覧。

 前日夕方、大連に住むシベ族の友人から電話連絡が入り、翌12日、取るものも取りあえず会場である小郷村大舞台(劇場名)に。
 小郷村大舞台は大連市の解放広場にある。12日昼に現地に着いてみると、入口に「大連軍人倶楽部」の看板が掛かっていてちょっとびっくり。小郷村大舞台という劇場は軍人倶楽部の中にあるが、普段は東北地区の民間芸能「二人転」の公演などに貸し出して一般開放されている劇場であるらしい。無論このイベントも一般開放されていたので、問題なく入場できた。

(自衛隊の駐屯地の体育館をイベントや近所のサークル活動などに貸し出したりしているようなものか?)

 シベ族のサマン神歌の公演は、この小郷村大舞台で開催された中高年による演芸や歌、ダンスなどの全国大会「夕陽秀」に特別参加したもの。

 サマン神歌を演じたのは、新疆ウイグル自治区チャブチャルシベ自治県のナダチ=ニル nadaci niru (納達斉牛彔)のお年寄りの方々で、今回はるばる大連へとやってきた。チャブチャルシベ自治県の幹部も来賓として来場していた。

 なお、ナダチ=ニルという地名は、満洲語・シベ語で「第7ニル」を意味する言葉で、八旗制度の名残。※

 劇場内でシベ族の友人と落ち合い、他のシベ族の方に私を紹介していただいた。ハンガリー人の研究者の方も来られていた。

 今回来られたシベ族の方々に満洲語で話しかけてみると、幸いこちらの意思が通じ、大歓迎していただいた。

 ただ、相手方の言葉はせいぜい3割ほどしかわからなかった。満洲語とシベ語の間には方言程度の相違しかなく、文語(書き言葉)は基本的に共通している。ただ、自分が習ったのは清代の満洲語文語であり、現代のシベ語口語とは相違点が多い。しかも、自分は普段シベ語口語を練習する機会がほとんどない。

 日本で言えば、外国人が江戸時代の候文で話しているようなものだったかも。

 中国各地、台湾の老人団体による公演は歌あり、ダンスあり、パフォーマンスありと盛りだくさんだった。中国本土のお年寄りはやはり「紅歌」(革命歌謡)の合唱が多かった。お年寄りの皆さんは本当に楽しそうに歌っていた。皆さんにとっては青春時代の歌なのだろう。
 自分にとっては、なんというか、熱愛カップルが熱く愛を語っている様子を魅せつけられているようで、照れくさい気分だった。

 数時間経ち、シベ族の方々の順番が回ってきた。
 舞台上ではシベ族の方々がサマンの神歌をシベ語で朗々と歌い上げながら、激しい動きで踊り、舞台の下からもシベ語での合いの手が入り、すごい盛り上がりだった。

写真(フォトギャラリー)
シベ族サマン神歌 (2012.6.12) 

動画(コンパクトデジタルカメラで撮影)




 動画は公演のごく一部です。
 旧式のコンパクトデジタルカメラで撮影したため、画質も音質も悪く、申し訳ありません。

 シべ族の方々の公演が終わり、他の公演も終わってから、シベ族の方々に sirame acaki (さようなら)と挨拶して、会場を出た。

 本当に貴重な体験をさせていただきました。
 シベ族の皆様にはただただ感謝、感謝です。

 

 ※「ニル」とは八旗制度の基本単位で、現代軍制での中隊にあたる。ニルは軍制であると同時に行政区画でもあり、旗人はニルの中で生活していた。
 創設当初は壮丁(成人男子)300人で1ニルを編成、5ニルで1ジャラン、5ジャランで1グサ(1旗)が編成されていた。その後八旗各旗のニルは増え続け、18世紀には1000ニルを超えている。18世紀以降は概ね百人超で1ニルを編成していた。
 そして、乾隆年間に守備隊としてチャブチャルに移住したシベ族は、八旗制度に基づき合計8つのニルに編成され、8ニルでシべ営(錫伯営)という共同体を形成していた。シベ営はいわばミニチュア版の八旗で、ナダチ=ニルはその中の「第7ニル」だった。