白石典之『遊牧王朝興亡史――モンゴル高原の5000年』

白石典之『遊牧王朝興亡史――モンゴル高原の5000年』(講談社選書メチエ、講談社、2025年)

近年急速な発展を遂げている考古学からわかる遊牧民の新たな実像が盛り込まれていて、非常に面白い。

本書は、「はじめに」、第一章から第五章、「おわりに」、「参考文献」からなる。

「はじめに」では、モンゴル高原のユーラシア大陸の「心臓」としての位置づけ、モンゴル高原の北と南、遊牧民と定住民との共存的な関係、遊牧王朝の定義、考古学と自然科学の協業、本書の構成といった本書全体を貫くテーマについて述べられている。

第一章では、出土人骨のゲノム分析、同位体分析、遺物・遺跡の詳細かつ広範囲な調査などから得られた新しい知見が次々と紹介されている。
牧畜と遊牧の起源、トゥバにおける大規模な墳丘の遺跡、東ユーラシア人と西ユーラシア人が混在した多様な古代モンゴル高原、エリート層の形成と遊牧王朝の萌芽が描かれる。

第二章では、モンゴル高原での匈奴、鮮卑、柔然の興亡が描かれる。多数の東ユーラシア人を少数の西ユーラシア系エリートが統治していた匈奴、匈奴における農耕・製鉄の実態、ヘレニズム的な遺物も見つかった匈奴時代の墓、そこからうかがえる国際色豊かな匈奴文化などなど、新たな匈奴像について読み所が多い。鮮卑、柔然についてもアイラギーン・ゴズゴルの「匈奴系鮮卑」の墓地遺跡、柔然期のヘレメン・タルの墓地遺跡、サイリン・バルガスの城郭遺跡などの発掘による近年の考古学的成果が紹介されている。
また、著者は中国の研究者の間で定説化している「大鮮卑山」の嘎仙洞からの鮮卑南遷説には疑問を呈している。

第三章では、モンゴル高原での突厥、ウイグルの興亡の歴史が文献史学と最新の考古学的成果を交え語られる。
アルタイ山脈の製鉄遺跡は漢地とは異なる地下式炉でなかなか興味深い。
突厥の墳墓は唐に服属しているときは唐の様式の影響を多く受けているが、唐の支配を離れた突厥第二カガン朝では突厥の伝統に回帰するのも興味深い。
突厥文字の石碑碑文の内容も面白いし、そこから当時の交通・貿易ネットワークを復元できるというのはすごいと思った。
ウイグルの大規模な都市遺跡「オルドバリク(ハル・バルガス)」遺跡とその他の城郭遺跡のプランからは、唐尺を元にして厳密な尺制が施行されていたこと、独特な基準寸法(著者はこれを「ウイグルモジュール」と呼ぶ)が用いられていたことがうかがい知れるらしい。
当時のウイグルの都市のレベルの高さには驚く。

第四章では、契丹、そしてこれまであまり知られていなかった阻卜という勢力、そしてモンゴルの勃興について紹介されている。
阻卜についてはキリスト教が深く浸透していたこと、小型土城を造営していていたこと、さらにゲノム解析によると東ユーラシア人を主体としつつも、少なからず西ユーラシア人の系統も交えながら成り立っていたことがわかるという。
また、後のナイマンの祖となった集団、モンゴル部族の祖となった「プロトモンゴル集団」、アウラガ遺跡の鍛冶工房跡からわかる鉄器生産の様子、アウラガ遺跡で発見された現在の山東省、甘粛省産の可能性がある鉄インゴット、アウラガ遺跡の「ヘルレン川の大オルド」などなど、実に読み所が多い。

第五章では、イェケ・モンゴル・ウルス期の変容していく遊牧社会が描かれている。
カラコルムの市街の様子、現在のエルデネ・ゾー僧院の地下にある万安宮とおぼしき遺構、市街地の様子、さらに各地の遺跡からうかがい知ることができる駅伝路の整備も興味深い、宮殿の季節移動とそれが形作る「カラコルム首都圏」などのテーマが紹介されている。
また、アラビア文字が記された銀貨、北宋銭、中国製陶磁器片、カラコルムのレンガを焼くために築かれた饅頭窯(漢地北部で用いられたタイプ)、仏教寺院、キリスト教会跡、イスラム教徒の集団墓地からうかがえる国際都市としての性格にも興味を引かれる。
モンゴル高原など各地に築かれた宮殿建築と宮殿建築の平面プランの変遷、その周りの定住民都市についても考古学的成果に基づいて紹介されている。
さらにこうしたモンゴル高原諸都市での食料調達のために輸送、貯蔵、さらには屯田といった対策が行われたが、そうした対策が効果を上げなかったことが、文献史料および出土史料により語られている。
そして、ポストモンゴル時代への移行、そして現在に至るモンゴルの歴史を手短に紹介している。

「おわりに」では、遊牧民の歴史から見る世界史、そして現在への展望、フィールドワーカーとしての著者の姿勢が述べられている。

このように、ユーラシア大陸における遊牧の始まりから匈奴、鮮卑、柔然、突厥、ウイグル、契丹、さらにはこれまであまり知られていなかった阻卜、そしてモンゴル帝国に至る遊牧民の興亡史が最新の考古学的成果により語られる。
本書からは、モンゴル高原の遊牧民が多様な集団が入り混じる多様さと国際的で高度な文化・文明を有する王朝を築き上げていったことがわかる。
特に農耕・建築技術・製鉄技術についての成果が興味深い。
これまでの遊牧民・遊牧王朝イメージを大幅に塗り替えてくれる本だと思う。
考古学からここまでわかるのかと感心させられた。

まさに「このようにさまざまな関連諸科学、とくに自然科学系の研究者と協業した考古学研究がモンゴル高原で進められている。それによって考古学は、これまでの文献史料の欠落を補うという、いわば補助学問的なスタンスを脱し、文献史学と並び立ってモンゴル史を叙述できるまでに成長している。」(本書「はじめに」)と著者が述べる通りだと思った。

(本レビューは『読書メーター』に投稿した感想に大幅な加筆・修正を行ったものです)