2026年3月11日 水曜日 晴れ時々くもり 退屈な宮廷政治
今朝は8時少し前に起床。
ゴミ出しを済ませて朝食をとる。
9時頃から作業開始。
9時半過ぎに訓練の地震警報がスマホに着信。
すぐに頭を膝掛け用毛布で守って姿勢を低くした。
今やってる案件に予想以上にてこずって、23時頃にようやく作業終了。
やれやれだぜ!
以下最近の雑感。
今日は3月11日だが、自分は毎年あえていつものように過ごしている。
いつものように暮らすことで、平凡な日常のありがたさもわかるし、逆にいざという時の備えも意識する。
とこで3月は中国の全人代の時期。
中国のその年の政治の方針が決まる会議。
しかしまあ、習近平時代になってから本当につまらなくなった。
昔は中国の政治家も国内外の記者に対して率直な物言いをしたり、透明性確保の意識もまだしも存在したものだが、習近平一強になってからは皆が習近平の顔色をうかがっているし、宮廷政治の奥の院で一体何が起こっているのかよくわからない。
みんなが「無難な」物言いをして、みんなで習近平の方ばかり見て忠誠競争をしている。
退屈な宮廷政治だなあと思う。
そして中国マスコミは「中国すごい」ばかり。
昔は中国のマスコミも読み応えのある調査報道、社会問題に切り込む記事もあったものだが、今ではみんな「中国すごい」ばかりで退屈極まりない。
日本に対する批判にしても、昔は同じ批判にしてももっと気の利いたことを言っていたものだが、今は力任せに俺が正しいと言わんばかりの態度を取っている。
実際に「身の程知らず」といったような上から見下ろす言葉をたくさん使っている。政府とマスコミ自身がネトウヨ化している(まあ、これらに関しては我が国もそうかな。中国もそういうところで日本の真似をしなくていいのに。最近の日中関係を見て、喧嘩というのは同じレベルの人間の間で起こるものなんだなあと痛感している)。
ネット民に至っては、十年一日のごとし。日本を蔑視する言葉を使ったら何か言ったような気になるらしく、悪口の内容が薄いし、良くて当局の公式見解をなぞるのが関の山。
中には冷静沈着で鋭い分析をする者もいるが、今の情勢下ではその声はあまりにも小さい。
繰り返しになるが、対日批判にしても昔はもっと品があったし、気の利いたことを言っていたし、それだからこそ効果もあった。
自分もその行間を味わうのが好きだった。悪口でも練り上げれば文学になるのが中国の伝統だったはずなんだけどね。
今はただただ退屈。まるで壊れたレコードのよう。
昔は中国の時事問題を追いかけるのが楽しかったけど、今は単に「仕事だから」追いかけている感じかな。単なる分析対象といったところ。
淡々と情報を収集し、淡々と消化する。仕事のために。
本当に退屈でつまらん。
あと、日本も最近中国と同じ意味で「退屈」な国になりつつあるので、なんとかここで踏みとどまりたいとは思っている。
野球だがWBCの日本VSチェコ戦もすごかった。
サトリアをはじめとするチェコの投手陣もすごかった。
いい試合をしてくれたチェコには感謝したい。
さて、これから韓国さんと一緒にアメリカで大暴れするとするか。
なんとも「退屈」な世の中だが、少しでも楽しみを見つけて生きていきたい。
そしてこの世の中を1mmでも違う方向に動かしていくエネルギーを蓄えたい。