グリーンダム(綠壩)その後
検閲ソフトグリーンダム=ユースエスコート(綠壩‧花季護航)だが、6月30日夜に政府が導入の「延期」を発表して以来、何の音沙汰もなし。
やはり、このままうやむやにしてしまいたいらしい。
日経BPにまとめ記事(中国の新聞の翻訳)が載っていた。こちらは主に政策決定とソフト導入過程の不透明さを批判。
ネットの激流に飲まれた官製“検閲ソフト”(前編):日経ビジネスオンライン
ネットの激流に飲まれた官製“検閲ソフト”(後編):日経ビジネスオンライン
「アジアン・アイティー」のまとめ記事は秀逸、こちらはソフトの問題点とハッカー軍団について。
山谷剛史の「アジアン・アイティー」:政府強制フィルタリングソフト、中国人ハッカー軍団に屈する (1/2) – ITmedia +D PC USER
このブログでもさんざん書いてきたが、問題点や疑問点が多すぎるソフトだった。政府、工信部(工業情報化省)の政策決定過程もあまりに不透明かつ唐突。周知期間も置かずにいきなり命令。ソフトはサイバーシッターの盗作で性能もダメダメ。まさに現代中国の縮図だった。
政府部内でも異論が多かったらしい。中国国内でソフトへの批判がかなりオープンに行われていたのが何よりの証拠だ。
政府の答弁を聞いても、言っていることが微妙に違っていたりした。
しかも業界内部での根回しもしていなかったらしく、導入予定一日前の6月30日の段階でも中国各大都市のPC店に並ぶパソコンでグリーンダムをプリインストールしているパソコンは皆無だった。
さらには、ネチズンからも猛烈な反発を食らったし、国外からも反対の声が上がっていた。
政府部内での下準備もせず、ソフト自体に問題点が多く、業界内部の根回しもせず、民意に背き、しかも外国からも反対されたのでは、導入延期(失敗)も当然だろう。
しっかしまあ、このソフトのどこが4000万元(約6億円)なんだか。
では、緑bar娘のイラストをご鑑賞ください。
緑bar娘・反政府罪成立。
どうして?
4000万元でお仕事を依頼してくれたのに、今になってどうしてあたしを牢屋に入れるのよ?
あたしなにも悪いことしてないのに。
あんたたちなんかだいっきらいよ~!!
緑bar娘が導入延期となり、検索エンジンでも検索できなくなったことを風刺。
文化大革命風緑bar娘、なんでも緑bar娘があまりにも日本風なのが気に食わん!のでこのイラストを描いたとかなんとか。でも同じ人が下のようなイラストも描いてたりしますが・・・・・・。
世紀末救世主伝説。北斗の拳のレイみたい。
陛下、春宮図(エロい絵)をお渡しください!!!
明代の言官(皇帝に諫言する役目を持つ大臣)を模したもの。服装も明代のもの。
この絵はお気に入り。
緑barおばさん
中国の居民委員会(政府と党の末端組織、日本の町内会のようなもの)の世話好きなおばさんがモデル。
(私もたまに挨拶に行ったりする。あとね、身分証更新しろって言われても困る、俺日本人だし……)
刷毛は落書きや不法な広告を消すためのもの。中国では落書きや不法な広告が町にあふれかえっており、居民委員会のおばさんやおっちゃん、道路掃除人(清潔工)がその都度消している。
・・・・・・
今回の騒動の最大の収穫は、緑bar娘、そして中国の同人文化を世に知らしめたことだろう。
1949年の建国以後、中国には政治的な文化、党の推奨する文化のみが存在してきたが、改革開放以後、特にここ5年来、非主流的、非政治的なサブカルチャーが盛んに芽吹きつつある。
緑bar娘は政府が強制的に導入しようとした検閲ソフトへの風刺に端を発しているが、同時に「ただ楽しみたいから楽しむ」という同人文化のムーブメントが一気に熱気を帯びるきっかけにもなった。
政府にも主流マスコミにも左右されない文化、同人文化が中国においても今まさに勃興しつつある。
“グリーンダム(綠壩)その後” に対して11件のコメントがあります。
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りゅいばーにゃん凄いです。そして結構気に入っています。私の知り合いである現在日本在住、北京市出身の女性が現在の中国同人文化を大陸始まったなと言っていました。彼女は、現在日本で声優の修行中とか・・・。尚、ニコ動で人気のTHE IDOLM@STERの台湾のパクリキャラを参照しておきますね。http://www.taxschool.com.tw/index.phpにあるのですが、なんとも怖いです。他に、今挙げた画像を見ていて思ったのですが、中国の律令王朝では清朝の衣装の方が好みです。だれかかいてくれんかな。
>知世さんわたしも気に入っています。北京市出身で現在日本で声優修行中の方ですか。HP『「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む』でその話を読んだことがあったんですが、お知り合いだったとは!それから、ご紹介いただいた台湾のページですが、ここ大陸からは見れません。大陸のネット規制には本当に腹が立ちますわ。中国では清はあまり人気のある王朝ではありません(遼寧省を除く)。やはり「文字の獄」とか清末に近代化に出遅れて列強に侵略されたりした否定的イメージが強いです。若者のマンガでもやっぱり明代以前の「漢服」が人気ですねえ。私も清朝史専攻だったんで、清朝の服装が好みなんですけど。
>中国では清はあまり人気のある王朝ではありません(遼寧省を除く)。辽宁的民众对清朝的态度是何种?
>Muhyouka. Namreth.Gulsさん辽宁的一般民众也对清朝的态度是否定的,但清朝初年的历史和努尔哈赤很有人气。特别是满族人民和清朝故地的沈阳,抚顺的民众很喜欢“老罕王”(东北地区民众的对努尔哈赤的通称),民间有很多关于“老罕王”的美丽传说。我住在沈阳的时候,有些沈阳人对我骄傲地说,“沈阳是太祖努尔哈赤亲自选择的风水宝地,不会发生地震!”哈哈。
>特别是满族人民和清朝故地的沈阳,抚顺的民众很喜欢“老罕王”(东北地区民众的对努尔哈赤的通称),民间有很多关于“老罕王”的美丽传说。 “沈阳是太祖努尔哈赤亲自选择的风水宝地,不会发生地震!”唔。被同化了嘛。
>Muhyouka. Namreth.Gulsさん这是崇拜老乡的英雄的吧。比如徐州的人喜欢刘邦,日本名古屋的人喜欢織田信長。加上沈阳满族人的比率很高,在我留学时候的老师们和同学们当中有很多“满洲八旗”的后代。
原来当地人大多是满人,我明白了。非常感谢博主的指教!
我觉得这是一个地域认同的问题。康熙以后的清朝皇帝在东北人看来都是北京人(至少我是这么认为的)。以前在网上看过一个法国人的发言(他80年代的时候曾在青海呆过一段时间),他的观察就是,青海的汉族“土著”感情上更为亲近当地的藏族和回族,而不是49年后移民到青海的汉族人。官方对清朝的看法是入关后满族迅速汉化了,清朝是一个”大一统的中华王朝“、”统一的多民族国家“。民间反清人士不少,认为清朝是汉人的耻辱,对中华文化造成了巨大的摧残,有的干脆说清朝是中国的亡国时期。有意思的是,不论持什么观点,几乎所有人都认为新疆、西藏作为中国领土是天经地义的(与此同时绝大多数人又不把藏族、维族当做同胞)。还有不少人梦想中国有一天能”收复“外蒙等地区。个人感觉官方和民间尽管走的是两个极端,但对清朝的看法却又都是刻板印象化的。真正对辽金元清这些”征服王朝“(中国官方学者一向排斥这种说法)研究得比较深入的往往是外国学者。人对历史的记忆是带有很强选择性的。比如说,一提起唐朝,人们想起的往往是”大唐盛世‘、“唐朝国力强盛”,尽管唐朝的辉煌实际上很短暂。
>Muhyouka. Namreth.Gulsさん这是二等兵先生说的地域认同的问题吧,我也颇有同感。辽宁的最多数民族是汉族,虽然满族的比率大。我老婆也是汉族,很久以前“闯关东”的山东人后代。>二等兵 终身房客さん地域认同的问题我也同感。据说新疆的早期汉族移民(20世纪50年代以前)也感情上更为亲近当地的维吾尔族。我也认为康熙年间以后的清朝皇帝和旗人都受到浓厚的北京文化影响(当然也保留东北文化的痕迹),比如当年清朝把很多旗人调到全国各个大城市驻防,如今的驻防旗人后代的语言还保留着一些北京口音。>官方对清朝的看法是入关后满族迅速汉化了,清朝是一个”大一统的中华王朝“、”统一的多民族国家“。我觉得官方的看法有点矛盾,总之,这是为了保障中国领土的“历史性正当性”,而提倡的概念。因此,虽然很多汉族人的潜意识里清朝是异族,中国的亡国时期,但几乎所有人都认为新疆、西藏作为中国领土是天经地义的。与此同时绝大多数人又不把藏族、维族当做同胞。我觉得这是汉族知识分子误读“大一统”观念的。清朝和中国历代王朝的“大一统”观念并不是意味着中华王朝强力地控制新疆,蒙古和西藏等地区所有的角落。“大一统”原来是汉族士大夫,周边其他民族贵族保留着自己民族文化和自治权,在中华皇帝(或者”天可汗”,“聪明汗“)的权威下,宽松地联合的观念。当年的中华王朝的周边民族的姿势走不出监督和保护的范围,并不是近现代那样的主权领土。>个人感觉官方和民间尽管走的是两个极端,但对清朝的看法却又都是刻板印象化的。真正对辽金元清这些”征服王朝“(中国官方学者一向排斥这种说法)研究得比较深入的往往是外国学者。对,中国学者的清朝的印象太刻板的,虽然他们的在考据史实方面的成果很突出,但分析性的成果很浅薄的,很有分析性的成果往往是外国学者的。>人对历史的记忆是带有很强选择性的。嗯,清朝也有康乾盛世,但被提起得比较少。作为学历史的人,我也当心这些误区。这个问题又复杂又难解啊,我也要更加努力学习。
現在、「アメリカの豊かさ、アメリカの憧れ」
と、真顔で言ってしまうお年寄りと、
日本で流行しているものにすごい関心しめす
ある一定より下の世代が今の日本には多いように
思えます。
私はその中で彼らに迎合する形で
アジアの映画や音楽を嗜むのは悪いことなのだろうかと
いつも、考えています。
今上げた両者たちと対立する形で
アジアの映画や音楽を嗜む人々が
インターネット普及以前からアジアの映画音楽の
日本のファンダムに
大きな声を出しているのには眉をひそめています。
彼らは、欧米の流行に目がないひとや日本土着の流行にしか
目がないひとに相手にされていないのに、
我々のアジアのサブカルに関する見解が正論だ。
と言っているのには悲しくすら有ります。
私個人としては欧米の流行に目がないひとや日本土着の流行にしか
目がない多くの日本人に迎合する形で
亞細亞を見たいです。
商業誌で結構活躍しているエッセイスト・作家の人が
アジアヲタクと遭遇し、
ヨン様ブームの時に思い出したように、
「アジアの映画や音楽が好きな人は欧米の支持者のそれよりも、熱い人が多い。」
と半ば揶揄するような、文言を自著に書いているのを思い出しました。
こういうふうに思わるのは恥ずかしいはずなのに、彼らは反省していない。
お久しぶりのコメントありがとうございます。
やっぱり「アジアヲタク」には良くも悪くも熱い人が多いのかもしれません。
要はバランス感覚ですよねえ。