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岡田英弘『康煕帝の手紙』清朝史叢書、藤原書店、2013年1月

 

 「読書メーター」に掲載した感想に大幅加筆して掲載します。

 

 本書は、康煕三十五年~三十六年(1696~1697)の、康煕帝による三度にわたるモンゴル遠征中に皇太子に書き送った満洲語による私信を日本語に訳して掲載し、さらに時代背景等の解説を加えたもの。

 原文は『宮中檔康熙朝奏摺』(故宮文献編集委員会編、国立故宮博物院(台北) 1976~77)第八輯、第九輯所収の康煕帝の満洲語書簡。

 本書は、1979年に中公新書として発行されたのち、清朝史・内陸アジア史分野では名著として知られていたものの、長らく絶版となっており、2013年にようやく藤原書店から再販された。

 

 実は、自分も90年代の院生時代に関西圏の古本屋を足を棒にして探しまわってようやく中公新書版の本書を手にした思い出がある。当時はネット黎明期で、現在のようにネット検索で目当ての古本を探し出すことはほぼ不可能だった。
 それから中公新書版の本書を手引書にしながら原文の満洲語を読解し、修士論文を書いた。
 そういった経緯があるので、再販された時は実にうれしかった。

 

 今回の藤原書店版は、1979年刊行の中公新書版の内容を大幅に増補改訂。本文に側注がつき、本文中の引用史料の出典も明示され、大いに読みやすくなった。さらに写真も大幅に増えているし、関連の論文も多く掲載されているので、康煕帝とその時代について、より多面的に理解できるようになっている。

 

 康煕帝が三度にわたるモンゴル遠征中に皇太子に書き送った満洲語による私信からは、漢文による編纂史料からは見えてこない飾り気のない肉声がうかがえて面白い。

 後代の編纂史料の該当箇所では、中国の「皇帝」がみことのりを下すいかめしい文体に書き換えられているが、本書(そして原文)では一人の満洲人、一人の父親が息子に語りかける素朴な文体となっている。

 遠征の厳しさに一喜一憂する指揮官としての康煕帝。だがそんな中でも努めて楽観的で愛情ある言葉を書き送ろうとする父親としての康煕帝。遠征先でも自ら現地の動植物を観察し、天文観測を行う好奇心旺盛な康煕帝。康煕帝の多面的な魅力を改めて感じされられた。

 また、当時のジューンガルと清朝の戦闘では火器が盛んに使用されており、本書所収の康煕帝の私信からも清朝側の火器対策、火器運用状況がうかがえ、その点でも興味深い内容が多い。

 

 本書は、康煕帝とその時代の多面的な面白さがごった煮にように盛り込まれており、清朝史ファンにとって非常に楽しい本だと思う。