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揖斐高『江戸幕府と儒学者 ―― 林羅山・鵞峰・鳳岡三代の闘い』中公新書 2273、中央公論新社、2014年6月

 ここ数年、マスメディアやネットメディアで「御用学者」という言葉を目にすることが増えた。
 「御用学者」として名指しされている人たちについては本題から外れるのでここでは触れないが、この言葉は真理の追求という学者のあるべき態度を捨てて、学問の真理を曲げて時流や体制側におもねる(曲学阿世)という学者を指しているようだ。

 本書では、後世、江戸幕府の「御用学者」として「曲学阿世」と批判されつづけてきた林羅山とその子鵞峰、孫の鳳岡の三代にわたる生き様が描かれている。
 大阪の陣の発端となった方広寺鐘銘事件、外交事務、文書起草、史書編纂、朱子学の体制教学化、赤穂浪士事件への対応、ライバル新井白石の台頭、政争、そして林家の衰退……。
 林家三代それぞれの言動からは、朱子学の「王道政治」の夢と幕府体制の現実との間で葛藤し、そして江戸幕府に仕える「儒官」として、常に現実との妥協を強いられてきた苦闘のあとがうかがえる。
 自らの主義主張とはかかわりなく、常にその時々の将軍の意向や政治情勢に翻弄されつづけた林家だった。

 私個人の感想としては、林家三代、特に初代羅山を「御用学者」、「曲学阿世」と評価するのは大筋では間違っていないと思う。
 たとえ主導的役割を果たしていなかったとはいえ、羅山が方広寺鐘銘事件の尻馬に乗ったことはまちがいないからだ。また、本書で紹介されている林家三代の生き方を見わたすと、儒学(朱子学)という技能により幕府体制に奉仕する能吏としての姿も目立つ。
 だが、林家三代がそうまでして成し遂げようとした「王道政治」という夢、そして林家三代の家学である朱子学が必要とされた時代背景、さらに後世への影響については、もう少し地道に研究されても良いと思った。

 林家の「御用学者」としての夢と現実には、学問と政治の関係について考えるヒントがたくさん含まれているだろうから。