「宇宙大将軍」だけではない歴史の深み――吉川忠夫『侯景の乱始末記――南朝貴族社会の命運』

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吉川忠夫『侯景の乱始末記――南朝貴族社会の命運』志学社選書001、志学社、2019.12


 本書は昭和四十九年(1974)に中公新書の一冊として刊行され、名著として愛されてきたが、長らく絶版のままとなり、古本が高値で取引されていた。
 昨年暮れ、待望久しかった本書がようやく復刊され、読書家から大いに歓迎されたことは記憶に新しい。

 そして本書の重要な登場人物である侯景は「宇宙大将軍」というスケールが大きすぎる称号を持っていたこともあり、これまで歴史ファンの間で大いにネタにされてきた。
 だが、それゆえに本書で語られる歴史と文化の深みが「宇宙大将軍」侯景の影に隠れてしまっているのではないかという気もする。本書は単なる「宇宙大将軍」ファンブックではない。
 (まあ、侯景自身はめっちゃはた迷惑で、かつ興味深い人物だけれども)


 以下、本書について、自分の感想を交えつつ書いてみたい。

 

 本書は全三章に補篇を加えた構成となっている。補篇の「史家范曄の謀反」は今回の復刊にあたって新たに収録されたものである。

 第一章「南風競わず――侯景の乱始末記」では、繁栄を極めた仏教国であった梁の光と影が物語られ、その「影」が誘発したともいえる侯景が起こした反乱により梁の武帝が死を迎え、南朝貴族社会が斜陽へと向かうありさまがつづられている。時代が生んだトリックスター侯景が疾風のごとく南朝貴族社会を振り回し、「宇宙大将軍」を名乗り、やがて侯景自身も敗死する。
 侯景の乱は南朝に対する北朝の優勢を決定的なものとし、北朝の系譜をひく隋により中国は統一され、やがて唐代へと時代は移り変わる。

 第一章はこのような歴史が読みやすい文体で記されている。
 また、史書の記述だけでなく、登場人物たちの詩文を随所に引用し、それらに込められた故実や教養をじっくり解説し、当時の貴族、士人たちの教養ひいては文化の奥深さを生き生きと紹介する。これにより単なる歴史的事実だけでなく、南朝そして中国の文化的な奥行きの深さをも見渡すことができ、非常に感銘を受けた。
 これは本書全体を通じた特色でもある。


 第二章「徐陵――南朝貴族の悲劇」では、侯景にいわば振り回された側といえる南朝貴族徐陵について語られている。
 徐陵は、梁の使者として東魏を訪問中に侯景の乱が起きて帰国できなくなり、以後南北朝の政治情勢に翻弄され続けた。
 彼の詩文からはその教養、風格の高さがうかがえる。そしてその教養、風格をいろいろな陣営に利用され続けた。

 

 読者である私には、第一章の侯景の人生、第二章の徐陵の人生は互いに対になっているように思えた。
 侯景は時代が生んだトリックスターとして思う存分暴れまわり、南朝貴族社会の破壊者となった。
 徐陵は時代に翻弄された受け身の運命を強いられ、南朝貴族社会の黄昏を見届けた。


 第三章「後梁春秋――ある傀儡王朝の記録」では、侯景の乱による混乱の中で生まれた奇妙な傀儡王朝「後梁」の歴史が語られる。
 侯景の乱と武帝の死により、群雄割拠の時代を迎えた江南。
 その中でかねてより私兵を養い、北朝を迎え撃つ最前線の襄陽で軍事力と経済力をつけた蕭詧(しょうさつ)。だが、叔父蕭繹との戦いで形勢不利となり、なんと国境を接する北朝の西魏の援軍を引き込むという賭けに出た。その結果、蕭詧は蕭繹の打倒に成功し、梁の天子となった。
 だが、それはあくまで西魏の軍事力をバックとした傀儡王朝「後梁」でしかなかった。
 それに気がついたときにはもうなにも出来ない蕭詧であった。
 後梁はその後、西魏、北周、隋と主を変えながら三十三年にわたって存続し、文化的には北朝をかえって圧倒していたという。

 

 傀儡政権は、その多くが短い期間内に直接支配に切り替えられるか、滅亡することが多く、三十三年にわたって存続したというのは珍しいという印象を受けた。
 また、私には、蕭詧の役回りが、山海関を開いて清を関内に引き込んだ呉三桂に似ているような気がした。 
 蕭詧、呉三桂はともに辺境に駐屯し、私兵を養い、勢力の扶植に努めた軍閥的存在であったし、自らの生き残りのために北方の異民族の援軍を引き入れたところもそっくりである。
 さらには、やがて来る北方王朝による統一を準備したという点でも一致していよう。
 二人のその後の人生は大いに異なったが。

 

 補篇「史家范曄の謀反」は、侯景の乱から時代を百年ほどさかのぼった南朝宋の時代に生きた史家范曄の物語。
 洗練された文雅、風雅の才、『後漢書』を著した史学の学識、そのうらはらの奇行で知られた范曄。彼の生涯は謀反による処刑に終わる。
 著者はそこに彼の心の奥深く巣食っていた葛藤、父への反逆、范氏についての「閨庭の論議」(家庭問題に関する風説と言ったような意味、現代風に言えば「スキャンダル」だろうか)を見出している。
 范曄がどうすることもできない鬱屈を抱え、謀反によって我が身を滅ぼさざるを得なかったのは、才能と感受性に恵まれすぎたが故だろうか。著者の筆による范曄の人生は、史学的に手堅い記述でありながら、実に文学的でドラマチックだ。

 

 以上、本書では、南朝貴族社会の繁栄と衰退、やがて隋唐へと向かう時代の移り変わりが手堅く、しかも文学的に物語られている。
 「宇宙大将軍」侯景だけでなく、多くの登場人物たちの奥行きのあるキャラクター、詩文を味わえる本である。


(本書評は「読書メーター」に掲載した内容に修正・加筆を行ったものです)

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