過去400年の中国外交史を一覧できる良書――岡本隆司・箱田恵子編著『ハンドブック近代中国外交史――明清交替から満洲事変まで』

岡本隆司・箱田恵子編著『ハンドブック近代中国外交史――明清交替から満洲事変まで』Minerva KEYWORDS 4、ミネルヴァ書房、2019年

 

 今なぜ、近代中国外交史なのか。

 それは本書の編著者である岡本隆司氏が述べるように、現在の中国のプレゼンスの重大さ、そしてその割に進んでいない中国への理解、中華人民共和国成立以前の過去と断絶された「中国外交史」という現状によるものだ。

 はしがきの「しかし日本政府が対中外交で成功したためしがあったか。たとえば、それだけを考えてみても、実情は推して知るべしである」という一文は、中国に関わってきた日本人の一人である自分にとっても、非常に耳が痛い指摘だ。

 

 本書では、「近代」中国外交史を見る上で、通常「近代」とみなされる清末・民国時代のみならず、約400年前の明清交替期の清朝の建設にまでさかのぼっている。

 編著者の岡本氏は、その理由として、中国において「近代外交史」を論じる上での「外交」・「近代」という枠組みと前提が日本・欧米とは異なるからだとしている。

 そして、清朝は遼東地方に興った王朝であり、必然的に朝鮮半島との関わりが重大となり、その構図は近代日本の強大化により、日清・日露戦争で繰り返され、満洲事変にまで及んでいるとする。

 さらに、「中国」の範囲も問題で、歴史上伸縮があり、そのため「中国」という概念の意味内容も必ずしも一定していないことも指摘している。

 それゆえに本書の内容が広く清代の対外関係に及ばざるを得なかったとしている。

 これは同氏著の『清朝の興亡と中華のゆくえ――朝鮮出兵から日露戦争へ』(講談社、2017年)などでも用いられている枠組みで、近現代の東アジアを見るために、その淵源となっている明清交替期にさかのぼるものだ。

 

 本書では、全7部構成となっている。各分野の第一線で活躍する研究者が、清朝・中華民国が直面した外交上の各事例について、基本的に見開き2ページ(一部は3ページ以上)で、「背景」、「展開」、「意義」の3点に分けてわかりやすく解説している。参考文献も記載されており、深く知りたい人には非常に役立つ情報だ。

 

 本書の特色である「第I部 清朝の対外関係――一七世紀~一八世紀」においては、清朝と朝鮮、日本、ハルハ=モンゴル、ジューンガル、チベット、ロシア、中央アジア、鄭氏政権、東南アジアといった多様な勢力との対外関係、さらに清朝の対中央ユーラシア関係を処理する機関である理藩院、乾隆帝の「十全武功」について、多角的な視点からわかりやすく解説している。

 そこからは中国の「固有の領土」など、現在において論点となっているトピックの多くがこの時代をルーツとするものだということがわかる。

 第II部から第VII部が、我々が通常考える「近代中国」の範囲となるが、その前提としてこの時代は非常に重要である。 

 第II部から第VII部では、アヘン戦争、南京条約、海外移民、アロー戦争、日清修好条規、台湾出兵事件、琉球処分、グレートゲーム、日清戦争、義和団戦争、辛亥革命、辛亥革命とチベット、モンゴル独立、国民外交、山東問題、革命外交と中国ナショナリズム、そして満洲事変などなど、多くの事例が取り上げられている。

 近代中国外交史は、日中両国の行き違いと衝突の歴史でもあり、読み進めるのがつらかったが、外交史の流れ、さらに第一次世界大戦後から満洲事変に至る過程がよく整理されており、得るものが多かった。

 

 近代中国外交史、特に日中韓三国の関係、中国の領土問題、民族問題について関心を持つ方は必読。

 良書!

 

(本書評は「読書メーター」に掲載した内容に修正・加筆を行ったものです)