杉山正明『疾駆する草原の征服者――遼・西夏・金・元――』講談社 中国の歴史08

杉山正明『疾駆する草原の征服者 遼 西夏 金 元』講談社 中国の歴史08 2005年(→講談社学術文庫、2021年)
 
最近、実家から送ってもらった杉山正明『中国の歴史08 疾駆する草原の征服者 遼 西夏 金 元』講談社を読んだ。
 
おもしろい本です。
安史の乱以降の北方諸民族(沙陀、ウイグル、キタイ等)の動向を詳述。
これまで日本ではこういう方面を詳しく書いた本はあまり多くないのでうれしかった。
 
また、遼(キタイ)についても、単なる征服王朝として片付けず、文化面も高く評価している。
ただ、もう少し証拠を示してほしかった。遼三彩や壁画だけでは不充分。私は遼寧省博物館で遼三彩はじめ遼代の文物を多く見ているが、宋の文物に比べるとやっぱり見劣りするのは事実なのだが・・・・・・
 
さらに、「澶淵の盟」に象徴される中華政権と異民族政権の並存状況に注目し、これを国際共存の知恵として高く評価しているのは興味深かった。昔はややもすれば「金で平和を買った」とかいって、否定的に評価する人も多かった。だが、実際はそんな単純なものでもなかったようだ。
 
以下、欠点を述べる。
 
なんというか「杉山節」炸裂! といった感じ。
キタイやモンゴルの役割を強調するのはけっこうだが、あまりにも偏りすぎ。
まあ本人は確信犯でやってはるんやろね。
 
著者は華夷思想に対してかなり憤っていて、本文でもしばしば漢文史料の文飾を批判したり、漢族知識人(特に司馬光)をけなしまくっている。
 
私も学部と修士課程で清朝史をやっていて漢文史料の文飾にはさんざん苦労させられた口なんで、気持ちは大変良くわかる。しかし、だからといって歴史を書くのにあまり好悪の感情をあらわにして欲しくはない。
 
 
それに「余禄」に紙数を割く余裕があるんなら、女真やタングート(西夏)ももう少し書いてほしいなあ。
金の世宗がお嫌いのようで。
まあ、女真もモンゴルの敵だからかな?
『耶律楚材とその時代』でもそうだったが、ペース配分がちょっと間違ってるような気がする。
 
 
また、宣和堂さんも指摘しているように、さんざん司馬光の悪口言ってるわりには『資治通鑑』からの引用箇所が多い。
特にキタイ(遼)の耶律尭骨(徳光)の中原進攻作戦の下りは完全に『通鑑』(私も唐末五代部分は通読してますのでね)。
 
全体的に言って、本書はあくまでモンゴル帝国の構成民族の通史という色彩が強く、女真は女真として、タングートはタングートとして描かれてはいない
この辺は、現代中国の少数民族史と意外とよく似ている。つまり、あくまで「中華民族」、中華人民共和国の構成要素としての少数民族であり、少数民族をその民族自身として捉えた文献は非常に少ない。また漢族と少数民族の関係のみを強調し、少数民族同士の横の連携は一般にはあまり触れられていない。
(まあ、漢文史料の豊富さと少数民族史料の不足を考えればやむを得ないのかもしれないが)
 
私は本書を読んでいて、これは「大漢族主義」が「大モンゴル主義」に入れ替わっただけなのではという気がしてならなかった。