中国人論・文化比較論の快著――田中信彦『スッキリ中国論――スジの日本、量の中国』
田中信彦『スッキリ中国論――スジの日本、量の中国』日経BP社、2018年10月
「スジ」の日本、「量」の中国というキーワードから、日本人と中国人の思考パターンの違いをロジカルに読み解く。
著者によれば、日本人は「スジ」すなわち「あるべき」姿、「そもそも論」を思考し、中国人は「量」すなわち「現実」、「影響」、「損得勘定」、「あるのか、ないのか」、「どれだけあるのか」を思考する。
なぜ中国人からストレスを感じるのか?
なぜ中国人はすぐに会社を辞めるのか?
なぜ中国人旅行者はマナーが悪いのか?
なぜ中国人は空港で国歌を歌ったのか?
……などなど「なぜ中国人はこうなのか」という問題について、著者は「量」というキーワードから答えを導き出している。
面白い指摘が多い。それらが正しいか、正しくないかは私自身には完全にはわからない。
だが、中国と中国人に対する冷静な考察が行われ、凡百の中国論とは一線を画している印象。
自分も最近「中国人ってなんで◯◯なの?」と聞かれるたびに、うまい説明ができず返答に困っていたが、本書のおかげで少しはわかりやすい説明ができそうだ。
特に日本と中国での「法治」の概念の違いについての説明は秀逸。
中国での「法治」は共通のルールというより、正義実現の手段であるという。
また、中国人について回る「面子」の問題についても、「面子」の比べ合いを(個人の能力、影響力などの)「量」の比べ合いとし、『ドラゴンボール』の「戦闘力」の例えを用いるなどしてうまく解き明かしている。
さらに近年のITによる中国社会の大きな変化についてもわかりやすく紹介されている。
現在の中国人を理解する上で読んでおいて損はない良書。
ただ、私個人としては、本書に取り上げられた「「スジ」の日本人」という日本人像にはやや違和感も覚える。
私が思うに、本書で言うところの「スジ」思考、すなわち「あるべき」思考、仕事、美学、長期的蓄積を重んじる「日本人」は戦後の終身雇用制度下のサラリーマンがモデルなのではないか。もちろんサラリーマンとサラリーマン的価値観が社会の「主流」となってきたことは否定はできないが、そればかりが日本人とは言えまい。
日本人でも自営業者、フリーランス、創業社長などには程度の差こそあれ「量」的思考をしている。自営業者の家庭に育ち、フリーランスの仕事をした経験からそう感じる。
また雇用の非正規化、サラリーマン社会の終身雇用制度の終焉という時代の流れに伴い、近年、「スジ」の日本も徐々に中国的な「量」思考へと近づいているのではないかという気がする。
とはいうものの、これらは本書の価値を損なうものではなく、本書はやはり中国人論・文化比較論の快著と言えるだろう。
本書評は『読書メーター』に載せた書評に加筆・修正を加えたものです。