南と北、民と官――丸橋充拓『江南の発展――南宋まで』シリーズ 中国の歴史2

丸橋充拓『江南の発展――南宋まで』シリーズ 中国の歴史2、岩波新書、岩波書店、2020年1月

 

本書では、稲作の始まりから、南宋までの江南の歴史を語る。唐、宋代の比率が大きい。
「陸の中国」である中原地域を中心とする歴史である第一巻、「馬の世界」であるユーラシア世界の一部としての中国史である第三巻を受け、本巻では「海の中国」である長江流域を中心とする江南の歴史を描いている。
また、第一巻が、「古典国制」すなわち政治史・制度史を主題としていたのを受け、本巻ではそれらを発展させて「官」と「民」との関係を描き、さらには政治にかならずしも縛られない多元的な人々の歴史を語っている。

本書はまず新石器時代の長江流域での稲作の期限から説き起こす。
近年の考古学的発見が反映され、新石器時代の稲作の状況が紹介され、社会階層の分化と都市の形成が生じ、中原王朝との接触から春秋時代・戦国時代の楚、そして「西楚覇王」項羽など江南の諸国へ。
江南の独自性と中原との共通性が最新研究に基づき紹介されており、中原の「古典国制」の外縁にあった漢代以前の江南の歴史がコンパクトにまとまっている。
さらには一元的な「古典国制」の枠にはまらない「遊侠」と呼ばれるアウトロー、そして商人、豪族たちについても忘れていない。

次に、江南の六朝が「古典国制」を継承し、やがて隋唐へと合流していくありさまを語る。
六朝文化について、新元号「令和」の由来にも触れていて面白い。

さらに唐から宋にかけて開発が進み生産力が高まり、商業が盛んとなり、士大夫が躍動し、大量の科挙合格者を輩出する江南社会を描き出す。
そして「海上帝国」南宋の隆盛、モンゴル(大元ウルス)による「馬の世界」と「船の世界」(海の中国)の統合へと至る。
このように、本書は江南中国の通史としてよくまとまっている。

また、「国づくりの論理」である「一君万民」を縦糸に、「人つなぎの論理」である「幇の関係」を横糸とした「官」と「民」の関係もわかりやすく説明されている。
エリート士大夫と民、アウトローによる水平的な「幇の関係」が歴史的に「一君万民」体制と付かず離れずの関係を保ってきたのが興味深い。

そして一君万民論理はいわば表看板で、その枠組を逸脱しない範囲での多元性を許容していたという著者の見立ては、そのまま現在の中国とも相通じるものがあり面白かった。
最後に著者は「幇の関係」にみる「不羈の気風」、「友を大切にする熱さ」と「規制もなければ保護もない」中国社会、中国人の面白さを語る。

本書は学生、初学者に語りかけるように書かれており、また同時代の日本についても取り上げるなど、わかりやすい記述となっている。
私は「馬の世界」である北方中国と中央ユーラシアばかり読んでいたし、中国在住時代にも旅行先は北方中国に偏重していたので、長江流域・江南については無知と言っていい人間。本書により、大いに啓発された。良書。