今年読んだ本Best10(暫定版)
クリスマス企画として、2024年12月11日(水)から12月25日(水)のクリスマス当日まで特定のお題の記事を一つずつ掲載します。
名付けて「電羊齋お一人様 Advent Calendar 2024」。
10日目、12月21日(金)のお題は……、まだ何も考えていません。
実は陸上自衛隊時代のネタを書こうと思っていたのですが、それは前日の「なぜ私が東洋史と清朝史に関心を持つようになったか(下)――清朝史と漢文と満洲語/シベ語」の中でかなり書いてしまったので、書くことがなくなりました。
今日は今年読んだ本Best10というテーマで行きます。
『読書メーター https://bookmeter.com/users/383213』に投稿した感想および私の「2024年おすすめランキング https://bookmeter.com/users/383213/bookcases/12087047?sort=book_count&order=desc」を元に加筆修正しました。
なぜ「暫定版」かというと今年はあと10日ぐらいありますし、まだ読んでいる途中の本もあるからです。
今年読んだ本Best10(暫定版)
第1位 白石典之『元朝秘史――チンギス・カンの一級史料』(中公新書 2804、中央公論新社、2024年)
『元朝秘史』そのものの訳注ではなく、『元朝秘史』を読むためのガイドブック的な本。
『元朝秘史』の解題、日本と海外での『元朝秘史』研究史、ストーリーの紹介と登場するモンゴル文化の解説、地名の比定、他史料との比較検討など盛り沢山の内容。
個人的には、やっぱり「盟友(アンダ)」ジャムカの描き方、『元朝秘史』の数々の記述からうかがえる当時のモンゴル人の文化と考え方が非常に興味深い。
また、考古学的成果も活かし、プロトモンゴル集団の発生、モンゴル高原の各部族と金・西遼との関係なども解説されている。
非常に面白かった。
第2位 渡部良子『ラシード・アッディーン―― モンゴル帝国期イランの「名宰相」』(世界史リブレット人 023、山川出版社、2024年)
ラシード・アッディーンとイル・ハン朝についてのコンパクトかつ貴重な概説書。
外来政権かつモンゴル帝国の各部族・集団、イラン系官僚などの寄り合い所帯であり、正当性、統治体制の確立と権力闘争に悩まされたイル・ハン朝の歴史がうまくまとめられている。
権力者、オルド(遊牧君主の天幕・宮廷)との個人的な近さが物を言うモンゴル的・中央ユーラシア的な側近政治の様子も描かれ、それがおそらくマイノリティで学者・医師であるラシードの抜擢の背景の一つとなったのではないかという指摘は面白い。
また『集史』の枠組が詳しく紹介されている。特に『集史』の「モンゴル史」部分がモンゴル帝国の構成を忠実に描く一方で、イスラーム的人類史観にも基づいている点が興味深かった。
東西の知の交流を背景とし、その担い手ともなったラシードの生涯とその時代について面白く読めた。
第3位 山本英史『清代知識人が語る官僚人生』(東方選書 62、東方書店、2024年)
清代の官箴書(役人向けハンドブック)著者の黄六鴻がナレーターとなり、科挙受験、知県着任から知県としての職務、そして離任までを語り、そこから清代の官僚制、官僚の人生、地方行政の実態を明らかにしたユニークな本。
やっぱり地方官にとって上司、地元の吏役(胥吏・非正規の役人)や郷紳の扱いは悩みの種だったらしい。
民との関係の理想と現実との差も垣間見える。
官僚、吏役、郷紳の生態について詳しく書かれており、清代という時代を知る上で非常に興味深い。
役人たちの人間関係の機微などは今の日本にも通じる面があり面白かった。
個人的に興味深かったのは、地方官の離任時の出来事。
民に恨まれている地方官が離任するときは、民が罵ったり暴行を加えることもあったらしい。著者は日本の中学校、高校の卒業式での「お礼参り」にたとえている。
また、それとは逆に民が留任を請願したり、顕彰したりするパフォーマンスもあったらしい。ただそれが民の本心から行われたものとは限らなかったとか。
民側が前任の地方官を顕彰することで、後任にちゃんとした人物が来るように圧力をかけた例も面白い。また離任するときに地方官自身が面子のためにそういうことをやらせることもあったとか。
「大義名分にかこつけて別の要求を通そうとする民衆の示威行動、世論大衆の名をかりて罷免を免れようとする地方官の工作行動は長い歴史に培われた中国の伝統であったといえます」(p258)。
有名な宮崎市定『科挙』などで、前近代の中国で厳しい受験競争を経て官僚になるまでのルートはそれなりに知られているが、科挙に受かって晴れて官僚になってからはどうなるんだということは一般にはあまり知られていない。それがわかる本。
第4位 夫馬進『訟師の中国史――国家の鬼子と健訟』(筑摩選書 227、筑摩書房、2024年)
中国の歴代王朝と「民の父母」たる地方官は訴訟と争い事をなくす徳治主義の理念に立脚していた。
徳治主義のもとでは、訴訟と争い事のない世界が理想とされ、訴訟が少ないことが地方官の実績にもなった。
そこで、地方官は、殺人や強盗といった人命に関わる刑事事件の訴状のみを取り上げ、金銭トラブル、土地取引のトラブルや婚姻でのトラブルなどといった民事紛争の訴状は受理しない傾向を強めてゆく。
だが現実には中国近世の民間社会はこうした民事紛争が多発する社会となり、民は受理されやすい訴状を作る必要に迫られる。
ゆえに訴状の代書を行う「訟師(しょうし)」が必要とされていく。
彼らは地方官から見れば、民をたぶらかして要らぬ訴えを起こす「訟棍(しょうこん)」(訴訟ヤクザ)であり、度重なる弾圧を受けたが、それでもなお民から必要とされた。
著者は訟師を国家が生み出した「鬼子(おにご)」であったと位置づける。
文書史料などにより実際の裁判事例も紹介されており面白い。
また英国・イスラム世界・日本との比較、現代中国での状況も紹介されており、示唆に富む。
第5位 佐藤信弥『古代中国王朝史の誕生――歴史はどう記述されてきたか』(ちくま新書 1771、筑摩書房、2024年)
甲骨文、金文、竹簡など出土文献、ならびに伝世文献から探る古代中国における歴史認識と歴史観の様相が興味深い。
本書では、歴史認識と歴史観の時代と立場による変化を例に挙げ、歴史と(それを記録し、解釈し、記述する)人間は常に変化し、動いているということが示されている。
さらにそこから現在の政治や社会に対する問題意識から過去の事象を議論する、あるいは過去の事象から現在の問題を見出す意識の萌芽を見いだしている。
このあたりは著者も引用するE・H・カー『歴史とは何か』での指摘と相通じていて、非常に面白かった。
第6位 杉山祐之『戦争・動乱・革命の中国近代史一八九四―一九一二』(白水社、2024年)
近年の中国での研究・新出史料を活かし、慈禧(西太后)、光緒帝、李鴻章、康有為、袁世凱、孫文らの人物群像を中心にドキュメンタリータッチで描き出す清末史。
例えば、「海軍予算を流用して頤和園を修復した」説の真相、日清戦争、「公車上書」や「戊戌の政変」などでの康有為の行動の史実性、立憲と革命などについての新たな視点が紹介されている。
近年のトレンドを反映した、実務家・政治家としての袁世凱再評価、孫文評価の相対化が読みどころか。
また、奕劻、端方ら皇族・旗人内の体制内改革派の役割についても記述されている点もよかった。
第7位 安田峰俊『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書、PHP研究所、2024年)
中国政府・共産党、習近平の政策や言動、中国社会には、実は古代から続く中国の歴史が濃密に反映されていることが数々の例を挙げて説明されている。
本書を読めば、中国の歴史を知ることは現在の中国を分析する上でも有用であることがわかる。
個人的に面白かったのは「元寇」からわかる中国における元(モンゴル)史の位置と扱いの難しさ、唐と明の歴史とその「一帯一路」における利用、水滸伝などなどのトピック。
最終章で、体制教学だった毛沢東思想が「負け組」が救いを求める思想となっていることを紹介しているところも興味深く読めた。
著者も例として挙げているが、現代の日本人の多くにとって、歴史上の中国と現代の中国は「別物」として捉えられている。日本での中国についての古くからの知の蓄積が現実の中国とのつきあい、中国分析・中国報道に活かされていない。実にもったいない話だと思う。
『三国志』など歴史エンターテインメント、漢詩、古典的中国文化は好きでも、現在の中国は嫌いだという人こそ本書を読んでほしい。
ただ、古典的中国(歴史上の中国)と現代中国の「別物」視は、最近の日本だけではなく、研究者などを除く近代以降の日本社会の一般的傾向でもあるかなとも思った。
第8位 楊海英『モンゴル帝国――草原のダイナミズムと女たち』(講談社現代新書 2749、講談社、2024年)
ジェンダー史視点と人類学的視点を盛り込んだモンゴル帝国期からポストモンゴル帝国期の通史。
近年の研究成果に基づき、モンゴル史における女性の役割の大きさが紹介されている。
また、『集史』・『世界征服者の歴史』などだけでなく『モンゴル秘史』さらに後世の年代記史料である『蒙古源流』・『黄金史』なども用いることにより、「史実」としてどうあったかだけでなく、後世に語られた歴史・解釈から、その背景にあるモンゴル人の文化・思想も明らかにされている。
さらに、モンゴル語の解釈、現地調査のエピソードなど著者ならではの内容も多い。
第9位 村瀬秀信『虎の血――阪神タイガース、謎の老人監督』(集英社、2024年)
プロ野球経験のない老人岸一郎がいきなりタイガースの監督に就任するが、開幕後わずか数ヶ月で解任され、その後の足取りも定かではない。
著者は、この一連のミステリアスな騒動が「選手王様主義」というべき気質、電鉄本社の現場介入、派閥抗争、お家騒動などといったその後の阪神タイガース球団の悪しき伝統のきっかけとなったと指摘する。
岸一郎の就任の背景にフロントのさまざまな思惑があったこと、マスコミが期待から岸一郎叩きへと変わっていく様子が主に当時の報道記事により綴られる。
岸一郎が世代交代と投手力を中心とした守りの野球を掲げるが「ミスタータイガース」藤村富美男を初めとする選手から次第に孤立し、総スカンを食らってチームが空中分解していく過程が如実に描かれている。
吉田義男、小山正明ら当時を知る関係者の証言も興味深い。
この騒動が翌年の選手による監督への反乱すなわち「藤村排斥事件」の伏線、さらにはその後の球団のお家騒動体質の起点となっていく様を描く筆致はさすが。
後半ではこの岸一郎の人生についてさまざまな関係者に取材を重ね、大学野球・満洲野球界での華麗なる球歴、監督解任後の晩年の人生について解き明かす。
そして藤村富美男の川藤への言葉は良くも悪くもこれが阪神タイガースというチームだと思った。
第10位 川添愛『言語学バーリ・トゥード Round 2――言語版SASUKEに挑む』(東京大学出版会、2024年)
言語と言語学について楽しみながら知ることができる本。
プロレス愛にもあふれている。
chatGPTなどの「言語モデル」についての解説2編が非常に楽しくてわかりやすかった。言語モデルのしくみとその問題点についてもしっかり触れている。
倒置について、「飛龍革命」やジョジョを引用しながら、それでいて言語学の研究成果を踏まえて語るのも最高。
メトミニーについての紹介、外国語効果や「-がち」用法についての考察も興味深い。
「日本語は曖昧」、「日本語は非論理的」という俗説を論理的に否定するところも良かった。