安田峰俊『中国人のリアル――恋愛事情から、お騒がせ大国を「ゆるく」論じてみた――』

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安田峰俊『中国人のリアル――恋愛事情から、お騒がせ大国を「ゆるく」論じてみた――』TOブックス、2010年

 本書は、中国の掲示板を翻訳する人気ブログ『大陸浪人のススメ ~迷宮旅社別館~』の管理人である安田峰俊氏が、中国の婚活サイト・恋愛映画・ホームドラマ・質問サイトなどから、中国人の恋愛観ひいてはそこから見えてくる中国庶民の素顔について「ゆるく」論じてみたものだ。

 本書は全五章で構成されている。
 第一章「婚活から見る中国の20代――中国の婚活サイトに登録してみた」では、著者が実際に中国の婚活サイトに登録してみた体験談を元に、いわゆる「80後」世代の生態について紹介している。
 第二章「中華人民的『不純異性交遊』の歴史――中国映画から見る男女関係」では、中国の恋愛映画を通じて、中国人の世代差や恋愛観の変化を紹介。
 第三章「昼ドラで学ぶ現代中国――ホームドラマが描く家庭問題」では、中国のホームドラマ『中国式離婚』・『知らない男と話をするな』を元に、離婚問題やDVなど、現代中国の家庭を取り巻く問題について取り上げている。
 第四章「格差社会VS恋のお悩み相談――質問サイトから読む人民の本音」では、質問サイトに寄せられた恋愛相談から、現代中国庶民の恋愛観や世相を分析している。相談内容には、「彼女の過去はどこまで許せる?」や同性愛など日本と共通するものもあれば、軍人のストーカー・拝金主義・格差社会など、中国の世相がうかがえるものも多い。
 第五章「中国ネットナンパ男たちの対日感情」では、なんと著者が女性を装って婚活サイトに登録したときの体験を綴っている。この取材中に尖閣問題が発生したにもかかわらず、著者が創りだした日本女性「めぐみ」への愛のメールが殺到したという。本章は著者自身も認めるように、多少「遊びに走りすぎた」嫌いもあるが、ナンパ男たちのメールからは「歴史問題」や「領土問題」とはまた違った面の対日感情をうかがい知ることができる。 

 

 本書から見えてくるのは、マスコミが一方的に報ずる「悪玉」中国人ではなく、あまりに人間臭い中国庶民たちの生態だ。
 また、第二章・第三章の映画、ドラマのレビューも面白い。日本でも入手しやすい作品ばかりなので、本書でレビューされている作品を実際に鑑賞してみてもいいだろう。これは本書が元々中国ドラマの紹介本として企画されたという事情によるものだろう。

 著者も繰り返し主張しているが、政治や国家などといった肩肘張った話題だけでなく、こうした「ゆるい」話題を切り口にすることで、中国という隣人への理解がより深まると思う。

 著者は第五章末尾で中国への向き合い方についてこう主張している(p.176~177)。

 相手を信用せず、政治や経済のパワーゲームをクールに勝ち抜いてその利益を国民に還元するのが、「国としての」正常な中国との付き合い方だろう。
 これは中国を相手に欲望をぶつけ合って戦わなくてはいけない日本企業も同様だ。
 
 だが、国家や団体と、その中にいる個々の人間に同じ論理は必ずしも適用できない。
 世の中には全体の意思と個人の意思が限りなく近づいているオウム真理教みたいなカルト集団も存在するが、改革開放政策とIT化の潮流にどっぷり浸かった現代の個々の中国人たちは、国家の言うことに唯々諾々と従って生きているわけではない。

 離婚問題に悩む中国の40代、自分の恋の悩みをネット上の質問サイトに投稿する若者、そして何より蛍光灯に吸い寄せられる蛾のようにナンパメールを送ってくる中国の独身男たちは、あまりにもアホで人間臭く、それゆえに親近感を覚えさせる人々であった。
 この連中とならば、一緒に一杯飲みに行っても、会話のネタくらいはありそうではないか。
 
中華人民共和国という国家と、個々の中国人を完全に別のものとして考えることは難しいとしても、両者の間にある程度の線引きはしてもいいはずなのである。

私自身も大いに賛成である。人間の感情としてはつい「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」となりがちだが、国家としての付き合い方と、人と人との付き合いは分けて考えるべきだろう。

 本書には、そうした中国人との個人的な付き合いをする上での有益な情報が多い。

 同著者の『中国人の本音』への書評でも書いたが、まずは中国人を理解するところから始めよう!

 

追記:記事冒頭にアマゾンの商品リンクを貼りました。
(2015.1.22)

    安田峰俊『中国人のリアル――恋愛事情から、お騒がせ大国を「ゆるく」論じてみた――』” に対して1件のコメントがあります。

    1. 龍心 より:

      いつも御世話になります。興味深く拝見させて戴きました。ここで述べられた国家間・庶民同士の重層的視点で文化を考える著作は、御存知かもしれませんが、後藤朝太郎『支那文化の研究』など後藤氏の著作にも見られます。こちらは戦前のあの時代に国家のかけ声よりも純朴な民衆の中に入って支那文化を体感することが本当の理解だと述べられており、また当時のユーモラスな文体と相俟ってなかなか面白く読みました。後藤の著作を教えてくれたのは、今から15年前に北京にて北京市に勤める友人からでした。今は交通至便な時代になりましたが、やはりいつの世も直接渡航して見聞を広めることは王道ですね。

      1. 電羊齋 より:

        コメントへのご返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
        非常にお恥ずかしい話ですが、後藤朝太郎氏の著作は全く未読でした。戦前にあってそうした客観的な考えを持てたというのは本当にすごいことだと思います。
        仰るとおり、直接渡航して、現地を肌で知ることが王道ですね。
        「百聞は一見にしかず」は永遠の真理だと思います。

    2. 通りすがり@日本 より:

      本音と建前は日本人に強く見られる特長とか、古い日本人論で読んだ気がします。
      しかし今や中国人民の方が本音と建前を乖離させているようです。
      そして彼等はその二つの整合性にあまりこだわりを感じさせません。
      建前を鼻で嗤っているかの如く。日本人の建前は、この点ナイーブ(真面目?)でした。
      いずれ中国の国民とあの大陸に住んでいる人は、極端な別人として映ります。

      1. 電羊齋 より:

        >今や中国人民の方が本音と建前を乖離させているようです。
        全く同感です。
        彼らは公の場では「空気」を読んで、「愛国的」なことも言いますが、本音では「勝手にしやがれ」といった感じの考えですね。

        >彼等はその二つの整合性にあまりこだわりを感じさせません
        これも同感です。少し話が飛びますが、表向き「愛国的」で「反日」的な事を言いながら、日本文化を愛好したり、日本に観光旅行するのは、中国人の心のなかでは決して矛盾しません。私の考えでは、「親日」的な中国人と「反日」的な中国人の二種類の中国人が存在するのではなく、ただ中国人の「現実的」本音と「愛国的」建前が時と場合に応じて交互に表に現れるだけではないかと思います。

        中国人は日本人とは異なることをきちんと直視した上で、少しでも理解や友好を模索していくしかないでしょうね。

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