脱日論

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現在、日本でも新型コロナウイルスの感染が広まっているようだが、こうなった原因は、ウイルスは人間と違って、政権に「忖度」してくれなかったということだろう。残念ながら。
庶民の私としてはせいぜい予防に努めたいと思う。

日本がいかに無能でいかに情けない国に成り果てたか、今回の事態で白日の下にさらされたわけだ。

もはや日本という国に愛想が尽きつつある。今住んでいる場所がおそらく日本での最後の生活場所になると思う。

8年前に日本に帰ってきたが、上は天下国家の事から下は自分自身のみじめな生活まで、とことん絶望し、打ちのめされてきた。

経済の停滞は言うに及ばず、旧弊な道徳、停滞した人権意識、多様性への嫌悪、不寛容、家父長的な社会、女性差別、反知性主義、専門性の軽視、悪しき体育会系的精神、理想と建前への冷笑、無理をすることを美化する風潮、支え合いを否定する自己責任論、現状追認と現実主義の混同、希望的観測と現実の混同、挙げればキリがない。これらは日本社会の上下、思想の左右に関係なく存在する傾向だ。

そして自省と向上心と進取の気風を失い、自分たちは貧しく、虐げられ、そのくせ自分自身は天国にいると勘違いし、夜郎自大な「日本スゴイ」を叫び、他人をあざ笑う。

そんな国と国民に未来があるだろうか。

ここでとある文章を引用してみる。

……、一より十に至るまで外見の虛飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道德さへ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尙傲然として自省の念なき者の如し。

一から十まで外見の虚飾だけにこだわり、実際には真理、原則を知らない。しかも道徳さえもきれいさっぱり失われ、残酷で破廉恥を極めていてもなお偉そうにしていて自省の念もないらしい。

これは一見現在の日本のことのように思えるが、実は福沢諭吉の「脱亜論」の一節だ。福沢諭吉は中国と朝鮮の「旧套」(旧弊)を批判して「脱亜論」を書いたが、読んでみるとむしろ当時と現在の日本の方に当てはまる気がするのは自分だけだろうか。

加えて、「年頭の決意」にも書いたが、近年の私は気力、体力、経済力、健康状態ともに著しく低下している。昨年は仕事、さらには生きることそのものへの自信すら失われかけた。昨年下半期にやや回復の兆しは見られたが、今の気力、体力、経済力、健康状態を考えれば、社会的・身体的な「余命」はあと5年、頑張ってあと10年というところだろう。

すなわち、今のような状態では、未来のない日本という国では到底生きてはいけないということだ。
現在、私は心身ともに打ちのめされ、社会からドロップアウトし、半ば「世捨て人」として暮らしている。今後は自分から日本を出ていくにせよ、不寛容な日本から石もて追われるにせよ、どちらにしても日本を離れざるをえないと思う。

無論今すぐということはないが、おそらく今後5年、長くても10年以内にはそうなると思う。
私と我が一族は先祖代々日本という国には十分義理を果たしてきたので、私一人がいなくなってもバチは当たるまい。
そもそも今でさえ「世捨て人」なのだから、今さら日本を捨ててもどうということはあるまい。
これからは語学の学習、貯金、移住先候補探しに励みたい。

私の父方の先祖は海域アジア世界の「マージナルマン marginal man」(境界人)だった。元に戻るだけのことだ。
日本国に頼らなくても行きていける。そんな人間になりたい。

惡友を親しむ者は共に惡名を免かる可らず。我れは心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。

――「脱亜論」より

日本国が他国からそう言われる日が来ないことを切に願う。

脱日論 その二ーーベンチがアホやから野球がでけへん

    脱日論” に対して4件のコメントがあります。

    1. tomohiro より:

      難しいですね。この奄美のマージナルマンの物語、関東ではあまり受け入れられないようにも
      考えています。
      東北も奄美も双方、理解するのに、困難な人がいるのに
      城東地方ではしばしば東北を理解せよ。東北を使って政権を攻撃せよみたいな感情がめばえるので、
      非東北關東人の私は戸惑ってしまいます。
      お互い理解すれば、「東北も奄美も同じでは。」という感情が出てくるはずなのに、
      城東おいて「東北出身者を守っている自分」を混ぜてくる一部の人に戸惑いながら、あらがっています。
      私もこの、東北と下町城東の感情は私のサイトで色々執筆していきたいですね。

      1. 電羊齋 より:

        関東地方ではそうなんですか。
        西日本、特に関西地方では奄美群島出身者が多いこともあり、よく知られてはいますが。
        関東地方や東北地方については正直不勉強ですのでコメントは控えさせていただきます。

    2. ルイージ より:

      首先请原谅我老是用中文评论(毕竟这么多年了日语还是那么烂)
      开头那段我读完的第一感觉是「这真的不是在说当今的中国吗?」

      我也很讨厌自己的国家。和努力的电羊斎先生不同的是,我深知自己的无力和无法作出改变的现状(諦めるのが早い人なので)。现在唯一能做的,就是在精神上和网络使用习惯上,把自己从「中国人」这个群体/概念中剥离出来。

      虽然我不承认自己是中国人,但却还承认自己是武汉人,并对自己母语武汉话有很深的眷恋。不知道到了您这个岁数,是否能看得更开一些。

      讽刺的是,这次武汉肺炎演变成全球灾难之后,我才明白原来中国还不是对应得最烂的国家。
      顺便,我不觉得武汉肺炎这个称呼会伤害我的感情。相反我认为,为了让所有人记住这次灾难最初的源头,我们应当使用这个命名。

      我一直很佩服电羊斎先生能够乐于读历史书和其他各种书籍,而我依旧是只能集中5分钟精神看书。祝愿先生可以早日实现自己的梦想,移居到自己喜欢的地方,取回自己境界人的身份,过上平淡的隐居生活。

      1. 電羊齋 より:

        谢谢评论!
        我不是很努力的人。我也深知自己的无力,对日本的政治、社会、经济和自己的生活失望了。因此写这种文章了。
        我也理解你的心情。虽然我对日本这个国家失望,也对大阪的政治经济情况失望,但却还承认我是大阪人,并热爱自己母语大阪话。
        武汉肺炎这个称呼的问题很复杂。我也理解你的看法。
        但我还是觉得新疾病命名应该避免地名、国名,为了避免地域、国家歧视的发生。
        这个问题,仁者看仁,智者看智吧。
        我也最近集中力越来越差,也是老花眼。不能像年轻时那样地看书。
        但也要看很多书,学习外语,总有一天实现移居和平淡的隐居生活。

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