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もうすぐ2000年代が終わる。

2000~2009年は、世界や日本でもいろいろな事が起きた激動の十年だったが、私にとってもまさに激動の十年だった。

 

2000年1月1日の元旦0時0分は、初詣で石清水八幡宮に参拝する途中の京阪電車の車内で迎えた。

当時騒がれていたコンピューターの「2000年問題」もあり、0時前後は念のため駅に停車していた。

確か守口市駅あたりだったと思う。

 

その後電車は無事に発車し、2、30分後八幡市駅に到着、参拝を済ませたのち、終夜運転の電車に乗り帰宅した。

 

私はいつもの年は近所の神社に初詣するのだが、その年はようやく就職が決まり、大学院修士終了後2年間のフリーター&家業手伝生活が終わったこともあり、気合を入れる意味で電車で石清水八幡宮へ参拝したものだった。

 

2000年2月から3月初めにかけ、就職前の思い出作りのため、瀋陽と北京を旅行。

前回の中国旅行は1996年で約4年ぶりの中国だったが、96年と比べてもかなり様子が変わっていた。

 

2000年4月から2004年3月までは公務員の仕事をしていた。

いろいろな部署を行き来する仕事だったこともあり、多くの友人知人を作ることができたし、収入も安定していた。

その時の経験と職場の上司の教え、そして友人たちは今でも私のかけがえのない財産となっている。

安定した職場だったので、お金を貯めることもできた。これが後に留学資金に。

2003年秋にはフルマラソン42.195kmを完走した。

しかも、2003年には我が阪神タイガースが優勝。これまた忘れられない思い出となった。

 

しかし、生活が安定したことで逆に忘れかけていた中国への思いが湧いてきたし、昇任試験にも何度も落ちたので、思い切って退職。職場のみなさんに快く送り出していただき、瀋陽へ留学。

 

2004年4月から瀋陽の遼寧大学へ語学留学。

語学留学というと普通は、北京、上海、大連といった都市を選ぶことが多いが、私は瀋陽を選んだ。

理由は主に二つあり、まず第一に1994年に初めて中国を旅行したとき、瀋陽や東北の人々に非常に親切にしていただいたこと。

特に1994年の瀋陽ではホテルが見つけられず、遼寧大学の留学生宿舎に安値で泊めていただいたということもあり、遼寧大学の印象はかなり良かった。

第二に自分の専攻が清朝史・満洲語だったことだ。

 

特に、自分の専攻である清朝史・満洲語には以後の中国生活で大いに助けられたが、そのことについては次回また詳しく書いていきたいと思う。