鈴木開『世界史のリテラシー 朝鮮は、いかに「外患」を克服したのか――ホンタイジによる丙子の乱』(教養・文化シリーズ、NHK出版、2025年)

鈴木開『世界史のリテラシー 朝鮮は、いかに「外患」を克服したのか――ホンタイジによる丙子の乱』(教養・文化シリーズ、NHK出版、2025年)

丙子の乱の経過、朝鮮王朝の建国、秀吉の侵攻、後金・大清の勃興といった歴史的背景、さらには乱後の動向と丙子の乱についての歴史的記憶が取り扱われている。

本書では、秀吉と大清の侵略という相次ぐ外患に内政・外交両面で対処しつつ、兵制改革、火器の導入など意欲的な軍備再建・軍事改革を行う朝鮮王朝が描かれる。
そこには「朝鮮は政争にあけくれていたので侵略を受けるのも当然であった」、「朝鮮が朱子学の教義にしたがい、冷静な現実判断ができなかった」という従来のステレオタイプとは異なる朝鮮王朝の姿が描かれている。

個人的に興味深かったのは、丙子の乱の経過についての記述。
清軍の戦略・作戦・戦術次元での動向にもしっかりと触れている。
朝鮮側・朝鮮の軍隊も準備を怠っていたわけではなかったが、機動力を活かした複数ルートからの時間差電撃作戦により分断されてしまったらしい。

また、著者は、稲葉岩吉による光海君・仁祖それぞれの対後金・大清外交の図式化の問題点も指摘している。
稲葉説を要約すると、光海君の時には友好的だった朝鮮と後金・大清の関係が、「党争」による政変で即位した仁祖の時になって敵対的になり、後金・大清の侵略を招いたというものである。
著者が本書で指摘するように、後金・大清の侵攻に至る歴史的背景はここまで単純ではない。朝鮮側の政策の変化、朝鮮・後金(大清)関係の変化、国際情勢の変化などいろいろな経緯がある。
著者は「稲葉説の問題は、後金および大清という「外患」を朝鮮の国内政治の文脈のみで説明してしまったという点にあります。」(p.88)としている。
仁祖時代の朝鮮の後金・大清外交は、同著者による、鈴木開『明清交代と朝鮮外交』(刀水書房、2021年)に詳しい。

私は清朝史専攻だったので、清朝側の視点から当時の朝鮮王朝を見る癖がついてしまっている。
なので、こうした複雑でよく知られていない史実を朝鮮王朝側からの視点で眺めることができる概説書は実にありがたい。教えられる点が多かった。
自分に新しい視野を与えてくれる本と出会えた。