その後の「満洲」――梅村卓・大野太幹・泉谷陽子(編)『満洲の戦後――継承・再生・新生の地域史(アジア遊学225)』

梅村卓・大野太幹・泉谷陽子(編)『満洲の戦後――継承・再生・新生の地域史(アジア遊学225)』勉誠出版、2018年10月

本書目次

はじめに 梅村卓・大野太幹
Ⅰ 満洲に生きた人々の戦後
ハルビンにおける残留日本人と民族幹事―石川正義の逮捕・投獄と死 飯塚靖
「満洲国」陸軍軍官学校中国人出身者の戦後 張聖東
【コラム】「国民」なき国家―満洲国と日本人 遠藤正敬
【コラム】戦後日本のなかの引揚者―満洲の記憶と想起をめぐって 佐藤量
【コラム】戦後中国東北地域の再編と各勢力の協和会対策 南龍瑞
Ⅱ 戦後の経済と国際関係
長春華商の命運―満洲国期から国共内戦期にかけての糧桟の活動 大野太幹
ソ連による戦後満洲工業設備撤去―ロシア文書館新資料による再検討 平田康治
撫順炭鉱の労務管理制度―「満洲国」の経済遺産のその後 大野太幹・周軼倫
【コラム】スターリンの密約(一九五〇年)―戦後満洲をめぐる国際関係再考 松村史紀
Ⅲ 地域と文化
満映から「東影」へ―政治優先時代のプロパガンダ映画 南龍瑞・郭鴻
『東北画報』からみた戦後東北地域 梅村卓
戦後満洲における中国朝鮮族の外来言語文化と国民統合 崔学松
【コラム】戦後満洲のラジオと映画 梅村卓
【コラム】大連―中国における植民統治の記憶 鄭成
Ⅳ 地域社会と大衆動員
土地改革と農業集団化―北満の文脈、一九四六〜一九五一年 角崎信也
国共内戦期、東北における中国共産党と基層民衆―都市の「反奸清算」運動を中心に 隋藝
「反細菌戦」と愛国衛生運動―ハルビン・黒竜江省を中心に 泉谷陽子
【書評】李海訓著『中国東北における稲作農業の展開過程』(御茶の水書房) 朴敬玉
満洲関連年表

 

勉誠出版HPより(2019.4.14閲覧)

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元来、中国においては、満洲国(中国では「偽満洲国」と呼ばれる)は振り返りたくない過去の傷で、常にデリケートな話題であり続けた。そのため、これまで満洲国とその後の歴史についても、中国中央の「革命史観」による公式見解や教科書的な記述のみが普及し、東北の歴史といえば「抗日」そして「革命」ばかりが一面的に取り上げられ、地元人の視点からの具体的な記述には乏しかった。

 

一方、日本においては、戦後70年以上にわたり、中国東北地方及び満洲国関連の多様な歴史書、小説、ドラマ、映画などが数え切れないほど出版・製作されたが、日本で日本人が製作する以上やはり外来者からの視点となることは不可避だった。そして、日本人引揚が一段落した戦後の「満洲」については日本ではあまり知られることはないのが現状だ。

 

本書は、満洲国崩壊から中国の一地域「東北」への移行・再編過程に関する多くの論考を収録している。それらは近年における中国・日本での研究水準を十分に反映しており、戦後の「満洲」について現地視点に立った多面的な角度から知ることができる。

個人的に特に興味深かったのは次の論考・コラムである。

張聖東「「満洲国」陸軍軍官学校中国人出身者の戦後」では、満洲国陸軍軍官学校の中国人出身者たちの戦後のさまざまな運命について追跡する。軍官学校出身者たちの国民党・共産党への態度・去就、人民解放軍の軍人となった者、中華人民共和国成立後に政治的迫害を受けるが日中国交正常化後に日本との人脈により活躍した者など、彼らの人生からは中国現代史のさまざまな断面がうかがえる。

梅村卓「『東北画報』からみた戦後東北地域」では、写真雑誌『東北画報』の写真・記事から、戦後の中国共産党による現地での宣伝・プロパガンダを考えている。 

崔学松「戦後満洲における中国朝鮮族の外来言語文化と国民統合」では、満洲国の朝鮮人移民が戦後に中国の少数民族「朝鮮族」として再編・統合されていく過程を主に朝鮮族の間で使用される日本語外来語の扱いという角度から跡づけており、大いに蒙を啓かれた。
現地の朝鮮語の日本語外来語の中で、中国語(漢語)での日本語外来語と共通の語彙はそのまま承認され、それ以外の外来語の使用が規制される過程が興味深い。

鄭成「【コラム】大連―中国における植民統治の記憶」では、大連人の植民統治の記憶、特に日本への重層的で複雑な心情を論じている。
評者である私自身も大連に在住したことがあり、大連人(ひいては中国の東北地域の住民一般)の日本への複雑な心情に接したことがあり、読んでいて頷ける内容だった。
大連人の日本への心情はいわゆる「親日」・「反日」の二項対立で片付けられるほど単純ではないことがわかる。

隋藝「国共内戦期、東北における中国共産党と基層民衆―都市の「反奸清算」運動を中心に」と泉谷陽子「「反細菌戦」と愛国衛生運動―ハルビン・黒竜江省を中心に」では、現地の基層民衆の生活とそれに対する宣伝・動員・プロパガンダが如実に記述され、これも参考となる点が多かった。

本書は、中国共産党の革命史観でも日本側の外来者としての目線でもない現地民衆の視点に立つことに努めており、非常に地に足の着いた内容となっている。一読に値する。

 

(本書評は「読書メーター」に掲載した内容に修正・加筆を行ったものです)