加藤徹『後宮――殷から唐・五代十国まで』・『後宮――宋から清末まで』
加藤徹『後宮――殷から唐・五代十国まで』角川新書、KADOKAWA、2025年
加藤徹『後宮――宋から清末まで』角川新書、KADOKAWA、2025年
中国の後宮や後宮制度の歴史というより、後宮をめぐる人物たちを中心とした歴史といったところ。
関連の中国、日本の古典文学作品、ドラマ・映画作品も取り上げられており、後宮関連作品のガイドブックとしても使える。
上巻に当たる『後宮――殷から唐・五代十国まで』では、殷から唐・五代十国までの各時代についてバランス良く取り上げている。
また、時代ごとの変化にも触れており、昔から「同じことの繰り返し」に見られがちな中国史が実はそうではないことを示している。
さらに、各人物の強烈なエピソードには興味を引かれるし、趙高非宦官説など近年の研究による目新しい話題も取り入れていて面白かった。
そして、関連の中国、日本の古典文学作品、ドラマ・映画も取り上げられているのも良かった。
下巻に当たる『後宮――宋から清末まで』では宋代から清末までを扱っている。
皇帝独裁制が発展し、後宮の制度化も進んでいくせいか、上巻で扱われた唐代までのような強烈な個性を持った皇后・皇妃や宦官・外戚は少なくなる印象を受けた。
史料が豊富なおかげか宋代と明清の後宮についての記述が非常に豊富。
清朝の後宮は制度的にかなり完備され、個人的には「お役所」的な印象を受けた。
西太后については著者が以前に評伝を著していることもあり、かなり詳しい。
中国で数多く製作されている明清時代の後宮を題材にした作品も紹介されており、鑑賞ガイドとしても使える。
一方、個人的には、清朝の初期部分(康熙あたりまで)に関する記述にはやや古さを感じた。明と清朝初期については陳舜臣『中国の歴史』を引いている箇所が多い。陳舜臣『中国の歴史』は名著ではあるが近年の研究に照らせば古さも目立つ。
例えば「順治帝出家説」および康熙帝と五台山の関係についても、陳舜臣『中国の歴史』を下敷きにしており、近年の研究が反映されていない。
著者は、陳舜臣『中国の歴史』などを引いて、仏教に関心の薄い康熙帝が五台山にたびたび巡幸したのは出家した順治帝が五台山にいたのが理由だという民間の伝説を取り上げている。
康熙帝の五台山巡幸については、近年の研究ではチベット仏教との関連を指摘する説が多い(五台山はチベット人・モンゴル人が信仰するチベット仏教の聖地でもある)。
さらにいえば、康熙帝個人がどこまで仏教を深く信仰していたかは別にして、少なくとも統治の手段やチベット仏教世界への外交上の大義名分としては仏教とりわけチベット仏教を非常に重視しており、康熙帝が仏教に関心が薄かったということはないと思う。
なにより順治帝出家説には直接の証拠はない。
順治帝出家説はあくまで「野史」として取り上げられたものだが、本文内で「順治出家が真実か否かは、謎である。」とするのはいただけない。
清代の後宮についても近年の檔案史料の整理・公開に伴い研究が大いに進展しており、それらも盛り込めばより充実したと思う(清代の後宮制度について一般に入手しやすく、日本語で読める文章としては、毛立平(翻訳:安永知晃)「清代后妃の晋封形式と後宮秩序」(伴瀬明美、稲田奈津子、榊佳子、保科季子 編『東アジアの後宮』勉誠出版、2023年)などがある)。
とはいえ、これらは本書の価値を減じるものではないだろう。
上下巻を通じて非常に興味深く、楽しく読めた。
本書評は、『読書メーター』への投稿を元にまとめたものです。
加藤徹『後宮――殷から唐・五代十国まで』角川新書、KADOKAWA、2025年
https://bookmeter.com/reviews/130748902
加藤徹『後宮――宋から清末まで』角川新書、KADOKAWA、2025年
https://bookmeter.com/reviews/130893668